学長、帝塚山大学

2021年8月10日

第13回 文学部日本文化学科  ~古文書による歴史の発見

子ども時代に遊んでいたおもちゃや親が読んでくれた絵本はいつまでも覚えていますね。小さい頃から馴染んでいる遊び道具や人形たち、さらには親しんだ絵本の数々を、大人になっても大切に保存している方も多いと思います。
遊具(遊びに利用される道具や設備)は、体を動かすことで運動機能を向上させ、心と体の成育を助けてくれます。自然の中での遊び体験はリスクを伴うため、つねに大人による安全確保が求められますが、よく考えられた遊具は、子どもの安全に配慮して開発されてきましたので、子どもたちが比較的自由に遊べるという長所があります。子どもたちは一人であるいは他の子どもたちや親、先生方と一緒に遊ぶことを通して、心身を成長させていきます。
また、幼いころ、まわりの大人たちが読んでくれた絵本で、私たちは少しずつ世界の成り立ちを理解していきました。ときには、主人公の気持ちになって、物語で出会う不思議な動物や人間と触れ合ったり、ときには怪物に驚いたりして、いつしか成長することができました。
「小学校教諭」「幼稚園教諭」「保育士」の3資格の取得、さらには教員の養成をめざしている教育学部こども教育学科は、他の大学施設とは道を挟んだ建物(学園前キャンパス18号館)で多くの授業を行っています。その一階にある「子育て支援センター(通称:まつぼっくり)」は、地域住民の子育て支援を推進するとともに、教員、学生の子育て支援に関する教育・研究の場として、多くの遊具や絵本を備えています。遊具や絵本の専門アドバイザーを、教育学部こども教育学科の清水益治教授(学部長:2021年時点)と徳永加代准教授にお願いしました。
図1は子育て支援センターにある円形に設置された遊具のコーナーです。子どもが安心して遊べるように、色々な遊具が集められています。左奥の丸が8つ並んでいるのは、SUZUKIミュージックパッドMP-8(鈴木楽器製作所)です。パッドを踏むとドレミの音が出ます。その下の椅子のように見えるのは「コアラ」と呼ばれる遊具で、座る、乗る、トンネルのようにくぐる、などさまざまに工夫を凝らして遊ぶことができます。製造元であるデンマークのGONGE社では、子どもたちが室内でもより活発に体を動かすことを目的に各種の遊具を開発して、高い評価を受けています。その手前にあるのが木製のトンネル(こどものとも社)、その右のワニの背のようなものはウェイブバランス平均台(都村製作所)です。都村製作所は香川県のスポーツ機器と遊具を手がけるメーカーですが、室内・室外を問わず、多種多様な遊具を開発販売しています。また、滑り台が2つありますが、奥が1~2歳児用(マスセット社)、手前は更に低年齢児用の木製すべり台(こどものとも社)です。
子育て支援センターには、そのほかにも個性的な遊具をたくさん揃えていますので、その一部を紹介しましょう。図2の上がデュシマ社の床置きのピラミッド型のおもちゃです。各面に小さな子どもが興味を持つような素材がたくさんついており、回したり、音を鳴らしたり、眺めたり、手を突っ込んだりと、発達段階に応じて子どもたちの触覚・視覚・聴覚を刺激してくれます。また、数人の子どもが同時に遊べるので、楽しそうです。図2下がクネクネバーン/トレインカースロープ(ベック社)の木製のおもちゃ。駆け下りるトレインを子どもが追視するのを促してくれます。
乳幼児期の環境にダイバーシティ(多様性)を組み入れる必要性は、世界で認識されています。世界中で使われている保育環境評価スケール(ハームスら)でも、「多様性の受容」という評価項目が取り上げられています。この項目では図3の写真のような人種の多様性を示す人形などが利用されています。多様な文化を示す民族衣装、色々な民族の調理や食事の道具が保育室にあることで評価が高くなります。教育学部こども教育学科においては、保育士や幼稚園教諭、さらに小学校教諭養成機関としての教育環境を向上させるためにも重要です。
センターでは絵本を用いた実習にも力を入れています。図4は学生たちによる手作り絵本の例です。図4上は絵本に付けられたキュウリなどの野菜を取ることができます。子どもたちも喜びそうです。図4下は絵本が丸くくり抜かれていて、顔を出して遊べます。
大型絵本も充実しています。図5上は大型絵本の収納スペースです。大型絵本の読み聞かせは大勢の子どもたちに対して行う保育活動ですので、発声のみならず、話のテンポや園児の観察などのスキル向上のために、充分な訓練が求められます。教育学部こども教育学科の学生が実施している実際の読み聞かせの場面を紹介しておきます(図5下)。
いかがでしたか。「子育て支援センター」の施設と遊具の一部を紹介しましたが、私たちは、子どもの安全を確保しつつ、成長を促す遊具や絵本が日本中で活用されていくことを願っています。さらに、「教育学部こども教育学科」を卒業された皆さんが保育園や幼稚園、小学校など様々な現場やご家庭で、遊具や絵本を用いて子どもの成長を促してくれることを期待しています。
参考文献
ハームス,T他(著);埋橋玲子(訳)(2016)『新・保育環境評価スケール①(3歳以上)』,(2018)『新・保育環境評価スケール②(0・1・2歳)』,(2018)『新・保育環境評価スケール③(考える力)』,法律文化社
杉上佐智枝(著)(2020)『絵本専門士アナウンサーが教える心をはぐくむ読み聞かせ』,小学館
児玉ひろ美(著)(2016)『よくわかる!絵本の選び方・読み方 0~5歳 子どもを育てる「読み聞かせ」実践ガイド』,小学館
絵本と読み聞かせの情報誌『この本読んで!』(季刊誌),メディアパル
宮里曉美(編)(2020)『触れて感じて人とかかわる 思いをつなぐ 保育の環境構成 0・1歳児クラス編』,中央法規出版

本エッセイ 第7、8、10、11回は、本学学園前キャンパスにある4つの学科にちなんだ「モノ」を紹介してきましたが、今回以降は東生駒キャンパスのそれぞれの学科にゆかりのある「モノ」にスポットを当てていきたいと思います。今回は文学部日本文化学科の「古文書」を取り上げます。

最近は、「古文書」が静かなブームとなっており、大学の公開講座や生涯学習センターなどの古文書関係の催しに多くの参加者が集まっているようです。

「古文書(こもんじょ)」とは、古代から近世(江戸時代)までに記された文書であり、狭い意味では、差出人から受取人に対して何らかの意思を伝えるための記録物を指します。紙に書かれたものが中心ですが、木簡や石に刻まれたものも含みます。さらに、広い意味では、「文字で記された歴史情報」とされ、出来事の記録や日記なども含まれています。「歴史情報」であるならば、現代の映像やコンピュータ上のデータなども、200年ほど経過すれば、貴重な歴史情報として研究される時代が来るでしょうね。その時には「古文書」という言葉ではなく、何か別の表現が使われていることでしょう。

影写本の地域分類別の分布状況について調査した文献には、点数が最も多いのが京都、次いで奈良、滋賀が3位、和歌山が6位とあり、歴史文化の中心地であった関西地域には、他の地域と比較して数多くの古文書が残っています。とくに奈良には、寺院や神社、地域住民の努力もあり、数多くの貴重な古文書が大切に保存されてきました。

奈良の地にある帝塚山大学は、多くの古文書を所有しており、文学部日本文化学科の研究や教育に活用しています。これらの古文書について、授業中に学生たちが直接目に触れる機会があり、筆写することもできるので、たいへん恵まれた教育環境と言えるでしょう(図1)。早速、所蔵されている古文書のいくつかをご紹介しましょう。本エッセイの専門アドバイザーを、日本中世史がご専門の花田卓司准教授にお願いしました。

図2は『太閤芳野花見和歌(たいこうよしのはなみわか)』という写本です。1594年(文禄3年)2月27日(旧暦の日付、新暦では4月15日)から5日間、豊臣秀吉は公家、大名、茶人、連歌師たち総勢5千人で大和国吉野郡吉野山村(現在の奈良県吉野郡吉野町)を訪れて盛大な花見を行い2月29日(新暦では4月17日)に和歌会を催します。秀吉、関白秀次、徳川家康、前田利家、伊達政宗などが列席し、「はなのいわい(花の祝)」など5つの題で和歌を詠みました。その時に詠んだ桜の花に関する5題の歌を三巻の巻物に仕立てたものが江戸時代を通して伊達家に所蔵され、現在は仙台市博物館に吉野懐紙(重要美術品)として収蔵されています。本学の写本には、その会で詠まれた百首の和歌が収録されており、奥書の記載から1700年(元禄13年)に作成された写本とみられ、本学以前には、東洋大学名誉教授で国文学者の吉田幸一氏の蔵書であったことが蔵書印から判明しています。

次に紹介する「筒井順興書状(つついじゅんこうしょじょう)」は、東大寺法華堂の僧たちが執金剛神(しゅこんごうじん)の前で戦勝祈願をおこなったことに対する礼状です(図3)。筒井順興(1484年~1535年)は、戦国時代に織田信長に従って活躍した筒井順慶の祖父にあたる人物であり、本書状は16世紀のものと推定できます。執金剛神は、現在東大寺三月堂(法華堂)の秘仏で国宝に指定されています。平将門の乱(939年~940年)では、大蜂となって将門を刺して乱を平定したという伝承でも知られているので、筒井順興はそれにあやかって祈祷してもらったのでしょう。

最後に紹介するのが、鎌倉時代の古文書である「建長二年(1250年)十二月十五日寂心田地売券(じゃくしんでんちばいけん)」で、奈良県平群郡内の田地を売却した際の売券です(図4)。東大寺文書等で前後の売買の流れも把握できており、本文書も東大寺文書の一部であったことが推定されています。おそらく、明治初期の「廃仏毀釈」の時期に散失した文書のひとつであると推定できます。本古文書は、鎌倉時代の古文書が収録された竹内理三編『鎌倉遺文』(図5)にも、東京大学史料編纂所が公開しており、平安時代から安土桃山時代を中心とした古文書が収録された「日本古文書ユニオンカタログ」にもデータが無く、貴重な新出史料である可能性が高いようです。

それにしても、鎌倉時代の古文書約3万6,000通を網羅した史料集である『鎌倉遺文』も素晴らしいですが、そのためにどれほどの研究者や関係者の労力が費やされたのかを想像するだけで畏敬の念を覚えます。参考までに花田准教授の研究室の蔵書コーナーを紹介します(図6)。古文書に関心のある方にとってはとても魅力的な書庫ですね。

古文書は現代と昔を結びつける玉手箱のような存在です。古文書を通して、昔の人々の暮らしや考え、社会の仕組みが少しずつですが理解できます。そして、昔のことが理解できれば、現在の自分たちの暮らしについても深く知ることとなり、「自分とは何か?」という問いに対する答えが見つかるかも知れませんね。

参考文献
・鷺森浩幸・花田卓司「帝塚山大学所蔵の古文書」(帝塚山大学奈良学研究推進室編『奈良学叢書3 奈良学研究の現在Ⅱ』帝塚山大学出版会、2020年)
・石井進『中世を読み解く:古文書入門』(東京大学出版会、1990年)
・佐藤進一『新版 古文書学入門』(法政大学出版局、1997年)
・竹内理三編『鎌倉遺文』(東京堂出版、1971年~1995年)
・山田太造,近藤成一,野村朋弘「日本古文書ユニオンカタログ-古文書情報を網羅するための“古文書リンケージ”プラットフォーム-」(情報処理学会研究報告 人文科学とコンピュータ、2012年)

図1 学生による古文書の筆写(上)と展示の実習(下)

図2 『太閤芳野花見和歌』の写本(江戸時代,1700年)

図3 「筒井順興書状」(戦国時代,16世紀)

図4 「建長二年十二月十五日寂心田地売券」(鎌倉時代,1250年)

図5 『鎌倉遺文』のコーナー(花田卓司准教授研究室)

図6 古文書関連の書籍が並ぶ個人研究室(花田卓司准教授研究室)