学長、帝塚山大学

2021年7月20日

第10回 食物栄養学科  ~食を彩る食器の数々

私たちが日常生活を送るなかで、家庭やレストランなどの食卓で、日々の料理に心が癒やされることが多いと思います。食事は単なる栄養を充足するにとどまらず、おいしい料理や素敵な食空間、そして友人や家族との楽しい会話を通じて、人生の糧となるものです。そして、その「食空間」に欠かせない食器も、その長い歴史を通じて、先人の英知によって食事を彩るように発展してきました。

現代生活学部食物栄養学科では、その前身となる帝塚山短期大学時代から使い続けてきた数々の食器類を保有しており、近畿圏の大学の中でも優れたコレクションとなっています。今回はその中でも洋食器についてご紹介させていただきます。専門分野のアドバイザーを、調理学がご専門の伊藤知子教授にお願いしました。

調理学実習の授業では、調理を行うだけでなく、文化の違いについても学びます。図1のように、美しく配膳された料理は食欲もそそりますね。試食室の木製の大きめのゆったりとしたテーブル・椅子で食べることなどにより、作るだけの知識を身につけるのではなく、食べる楽しみや見る楽しみ、食に対して様々な方向から好きになって欲しいというのが先生方の願いということです。

配膳についてもそれぞれのプレートやカップ、フォークやナイフなどのカトラリー類の置き方、洋食器であれば皿のサイズによる使い分け、季節感などについても学びます。

ディナーでは、前菜からデザートまで同じ材質・図柄の食器を用います。したがって洋食器は1つのデザインで様々な形の器が作られ、シリーズを形成しており、このような食器の一揃いをディナーセットと呼びます。基本的にはディナー皿、スープ皿、デザート皿、コーヒーまたは紅茶カップとその受け皿の5ピースをセットとして、偶数人数分を揃えます。

洋食器は「揃っていること」が大切とされており、ときには、揃った食器セットの数を数えて、それに応じてメインテーブルのお客の人数を決定するということもあるそうです。揃っていない食器は正式な場では使えないということですから、厳しいですね。

しかし、コーヒーまたは紅茶カップのセットは、ディナータイムとは別にティータイムでも用いられますので、ディナーセットと異なる柄のものが用いられることもあります。フードコーディネート実習や食文化論の授業で使われてきた数々のティーカップセットの中からいくつかご紹介しましょう。

まずは日本有数の洋食器メーカーであるノリタケ(図2上)、ナルミ(図2下)、大倉陶園(図3)のティーカップセットです。

1873年(明治6年)のウィーン万国博覧会で、日本は欧米の産業技術と技術力に感銘を受け、その後、ボヘミアの製陶所で学んだ製陶技術を日本に持ち帰り、工芸や製陶業の発展に寄与することとなりました。現在の株式会社ノリタケカンパニーリミテドは1904年(明治37年)に日本陶器合名会社として創業、欧米にも大量に輸出され、初期の製品はハンドメイドで絵付けの美しさ、細工の繊細さで知られ、凝ったデザインが欧米で絶大な人気を博しました。このノリタケと並び立つのが鳴海製陶株式会社で、ボーンチャイナ(骨灰磁器、通常の磁器と比較して薄くて丈夫であり乳白色のなめらかさが特徴)が有名です。また、株式会社大倉陶園はノリタケと同じグループに属し、伝統的な呉須の染付や、ヨーロッパから取り入れた各種技法を用いて、鑑賞価値の高い高級磁器を製造しています。

海外の洋食器メーカーでは、フッチェンロイター(図4上)、ビレロイ&ボッホ(図4下)などドイツ製のものや、リチャード・ジノリ(イタリア)などの陶磁器があります。フッチェンロイターは、ドイツ初の官製ではない陶磁器工場です。美しい装飾がほどこされていながら、実際に使用するうえでの機能性も重視したアイテムが今も製造されています。

ビレロイ&ボッホ(図4下)は、1748年にフランスのロレーヌ地方でドイツ人フランソワ・ボッホが創業、その後オーストリア領ルクセンブルグ市郊外のセットフォンテーヌに工場を移設、マリア・テレジアの庇護のもと発展し、1836年にフランスのビレロイ家と統合してビレロイ&ボッホ社が誕生し現在に至ります。ドイツの優れたテクノロジーとフランスの繊細なデザインセンスの融合が特徴で、マイセン、ロイヤルコペンハーゲンに並ぶ世界三大陶磁器メーカーの一つです。写真左は人気を博した「バスケット」シリーズのティーカップです。

この食器にナイフやフォーク、スプーンを組み合わせてみましょう。ケーキも用意して、食物栄養学科の学生たちに食卓をセットしてもらいました(図5)。ティーポット、シュガーポット等は別メーカーのものを組み合わせています。

先に述べたように、ナイフやフォークなどを専門用語で「カトラリー」と呼びます(図6上)。学科にはカトラリー類も様々なものがあり、食器やシチュエーションにあわせて用いることができます。

最近は左利きを無理に矯正しない社会的風潮も高まりつつあり、学科では左利き用の器具類(左レードルや左出刃包丁)(図6下)も揃えつつあるということです。レードルというのは、カップ状の部分に長い柄の付いた西洋料理の調理器具です。筆者(蓮花)も左利きですのでハサミなども左利き用のものを使っていますが、ホテルの朝食などで通常のレードルでスープなどをすくうときにいつも苦労します。左レードルがあると嬉しいですね。個人の特性に配慮した食器や調理器具の活用を理解することは大切です。

食物栄養学科の先生方は、学生たちが卒業した時に、単に管理栄養士としての知識や技能を得るだけでなく、食の大切さや楽しさを伝えられるような人になってほしい、そう思って授業をしていますので、時には、こうした歴史と伝統のある、美しい食器にも関心を持って頂くことを願っています。

参考文献

・フードデザイン研究会編『食卓のコーディネート[基礎]』(共立速記印刷株式会社, 2003)
・鈴木潔監修『オールドノリタケと懐かしの洋食器』(東方出版、2008)
・木村一彦、葵航太郎『オールドノリタケと国産 アンティークコレクターズガイド』(トンボ出版、2008)
・ビー・ウィルソン著(真田由美子訳)『キッチンの歴史 料理道具が変えた人類の食文化』(河出書房新社, 2014)

 

図1 調理学実習での配膳

図2 ノリタケ(上)とナルミ(下)のティーカップとプレート

図3 大倉陶園のティーカップセット

図4 フッチェンロイター(上)とビレロイ&ボッホ(下)の食器のセッティング

図5 紅茶とケーキのためのセッティング

図6 カトラリー(上)と左利き用のレードル(下・左)と左出刃包丁(下右)