学長、帝塚山大学

2022年4月13日

第29回 図書館の写本零葉

帝塚山大学の図書館には、様々な書物が並んでいますが、それら以外にも歴史的な資料や文化財が保存されています。今回のエッセイでは、そうした文化財の中から、日本人にとってあまり馴染みのない「写本零葉」を取り上げてご紹介しましょう。今回の専門的アドバイザーは法学部の飛世昭裕教授です。

さて、「写本零葉」とは、昔の「写本」を分解して、ページ一枚ずつを額に入れるなどを行い、主として観賞用に提供されたものです。写本零葉について説明する前に、「写本」の歴史を簡単に述べておきましょう。

文字の発明は人類にとって大きな意味を持っています。文字によって、昔からの知識や大切な事象を記録して次の世代へと伝えることができるようになりました。最初の頃、古代人たちは石や樹木に文字を書きつけていましたが、やがて紀元前3千年ごろになると、エジプトやその周辺の地中海世界では、「パピルス」と呼ばれる「紙」が使用されてきます(樺山紘一編,2011)。パピルスはナイル川流域に生える水草パピルスを加工して製作されましたが、折りたたみにくいため、初期の「本」は巻物の形でした。古代ではエジプトからギリシャ、ローマへと伝わりました。 

やがてヨーロッパでは、羊皮紙(ヴェラムあるいはパーチメントとも呼ばれる)が発達して、巻物から冊子体での「本」が出現します(ハメル、2021)。羊、ヤギ、子牛などの皮を原料にした羊皮紙は丈夫であり、両面に文字を書くことができるという利点がありました。2世紀から4世紀ごろには、キリスト教の普及とともに、冊子体での本を製作するために、修道院などでは、「写本室」を設けて、宗教書のみならず、ラテン語で書かれたギリシャ・ローマ時代の文献を複写し、挿絵を描きました。

羊皮紙で1冊の本を作るには、相当な頁数のものになると、何十枚、時には何百枚もの羊皮や仔牛の皮を要したため、当時の本は大変高価なものでした(庄司淺水、1989)。中世になると各地で大学が設立され、街の写本工房で多くの写本がジャンルを問わずに製作されるようになってきました。

やがて、王侯貴族たちの影響もあり、挿絵の技法を用いて、写本に様々な装飾を加えた「装飾写本」が製作されます。15世紀にグーテンベルクが活版印刷術を発明し、大量印刷の時代が到来するまで、ヨーロッパでは長きにわたり、羊皮紙による写本の時代が続いていたのです。

最初に述べたように、「写本零葉」とは、昔の写本を分解して、多くが額に入れて保存されています。文字も装飾も美しく、羊皮紙の感触も含めて、世界中に愛好家がいます。

帝塚山大学の図書館にもこうした写本零葉が所蔵されていますので、その幾つかをご紹介しましょう。図1はラテン語で書かれた15世紀の『ニュルンベルク年代記』の零葉です。インクナブラ(15世紀後半の初期の活版印刷)で、厚手の紙に左下と右端に木版の教皇の肖像画が印刷されています(右端上から教皇ヨハネス8世、マルティヌス2世、ハドリアヌス3世、ステファヌス5世)。

図2は15世紀のフランスの時祷書の零葉です。羊皮紙に手書きで書かれた写本零葉で、金箔、青、赤、緑で彩色されたもので、ラピスラズリの青が殊の外美しく、右端の花の挿入画が繊細で秀逸の作品です。時祷書とは、個人が所有してミサで用いる冊子であり、祈りの文句や詩句が装飾とともに書かれています。

図3も同様に時祷書の零葉です。ヴェラム(仔牛革紙)に印刷されたものですが、挿絵は銅版画で繊細な描写になっており、本文中の彩色された部分は写本零葉の伝統を継承して、手書きの彩色された大文字のイニシャルは金で描かれています。

図4は教会のミサ聖祭で用いられた祈祷書です。教会のミサで用いられる祈りが記されています。活版印刷が出現したころの写本零葉で、ヴェラム(仔牛革紙)に2行サイズで赤と黒の大文字のイニシャルには非常に細かい装飾が施されたミサ典礼用の写本からの一葉です。

図5はローマ教皇ボニファティウス8世による教皇令集「第六書」からの一葉であり、発行が1500年頃と推定されています。中世の法学の二本柱(ローマ法と教会法)のうち教会法の主たる法令集である『教会法大全(Corpus Juris Cannonici)』の中の教皇ボニファティウス8世による「教皇令集(Decletalium)」に採録された法文の「註釈付きテクスト」からの一葉です。初期の活版印刷揺籃本(インクナブラ 1500年頃)で、中央の二列は法文のテクスト、周りを囲うように付されているのが註釈という中世の学問のスタイルを受け継いでいます。大文字のイニシャルは赤と青で後から手書きされています。 

図6は非常に大きな聖歌の楽譜です。中世のものでは四線譜でしたが、16世紀ごろからは五線譜が出現してきます。この大型の写本の楽譜は右頁の右上の大文字イニシャルは赤字に藤色で繊細な装飾が施されている、見ごたえのあるものです。

西洋で発展した写本の歴史や、その写本から展開した「写本零葉」の世界を、ぜひ学生の皆さんにも味わってもらいたいと思っております。こうした貴重資料は図書館でも特別な場所に大切に保存されており、なかなか学生の皆さんの目に触れる機会がありませんので、何らかの展示会等で公開していこうと考えています。

参考文献
・  樺山紘一(編)、『本の歴史』(河出書房、2011)
・  庄司淺水(著)、『本の五千年史』(東書選書、1989)
・  クリストファー・デ・ハメル(著)、加藤磨珠枝(監修)、立石光子(訳)『中世の写本ができるまで』(白水社、2021)

図1 シェーデル『ニュルンベルク年代記』1493年ラテン語版 第171葉  Schedel, Hartmann A leaf from Liber Chronicarum. (Nuremberg, Anton Koberger, 1493.)

図2 Book of Hours. France ca. 1460. 時祷書 1460年ころ フランス 写本零葉

図3(印刷刊本・印刷者不明)ヴェラム刷り時祷書 零葉 1500年ころ  A Vellum leaf from a printed book of hours. ca.1500

図4 Missale:France 15th century (15世紀フランスのミサ典書からの一様)

図5 Bonifaz VIII. Liber secustus Decretalium*. ca.1500 (ボニファティウス8世(ローマ教皇)教皇令集*「第六書」より一葉) 揺籃本(インクナブラ)1500年頃 *教会法大全(Corpus Juris Cannonici)に採録された教皇令集(Decletalium)

図6 楽譜(17世紀スペイン 交唱聖歌集の零葉)  Double leaf from an Antiphonar. Spain, 17th Century