2021年12月17日
第24回 ベンガラのある風景
大学のキャンパスを散策していると、色々なことに気が付きます。図1の写真は東生駒キャンパスのバス停から正門に向かってコンクリートの擁壁沿いにある茶色の土が流れたような風景です。最初の頃、壁が汚れていると感じて、綺麗に掃除をすれば良いのにと思っていました。しかし、文学部長(兼帝塚山大学考古学研究所長・附属博物館長)の清水昭博先生から、「あれはベンガラですよ」と教えて頂き、大変驚いた記憶があります。それからは、それまで壁の汚れとしか見えなかったものが、歴史的にも貴重な風景として眺められるようになりました。
ベンガラは、土から取れる酸化鉄の赤色顔料の素材で、「弁柄」や「紅柄」とも書かれることがあります。ベンガラという名前は、インドのベンガル地方から天然産の酸化鉄が日本に伝来したことに由来するという説が有力です。しかし、ベンガラ自体は日本でも縄文時代や弥生時代から土器等に赤色顔料が使用されており、古い歴史があるようです。
ベンガラの色彩として、赤色が代表的ですが、実際には黄色から紫までさまざまな色合いがあります。また、防虫、防腐作用があり、経年変化に強いことから、陶器や漆器、あるいは寺院や宮殿を含む家屋のベンガラ塗りとしても使用されてきました。今日でも人工的に作られたベンガラ由来の着色料を用いて、多くの製品がつくられています(辻広美,2013)。
帝塚山大学のベンガラは、鉱物由来のベンガラではなく、鉄バクテリアが水に含まれる鉄イオンを酸化して作り出す鉄の酸化物です。その粒子がパイプ状であることから、文化財の分野では、「パイプ状ベンガラ」と呼ばれています(なぶんけんブログ,2020年2月3日)。これが大学にある褐色の堆積物の正体であり、ベンガラの一種なので、これを焼成すると赤色顔料になります。
最近(2021年10月から12月)、清水昭博先生が寺院跡から出土する瓦にみられる赤色顔料の製作法を再現する実験考古学の授業の一環として、このベンガラを材料にして顔料を製作しましたのでご紹介しましょう。今回の専門アドバイザーも清水先生にお願いしました。
学生たちは図2の様にベンガラを採取して、綺麗に不純物を取り除きました。ベンガラを熱すると(図3)、熱する時間によって異なる色合いのベンガラになります。それを色見本にしたものが図4になります。結構色合いが異なっています。
ベンガラは日光による変色も少なく、また人間にも無害であることから織物への染色にも使用されています。偶然ですが、帝塚山大学協力スタッフの楠瀬幸枝さんが、ベンガラを用いて染色をしていたということで、染物の例を見せて頂きました(図5)。古代色という言葉が似あう素敵な染物となっています。古代の方々はこうした自然の中に存在する材料を組み合わせて、素晴らしい文化を創造してきたのですね。
奈良の飛鳥時代や奈良時代の寺院跡からは、瓦や塔心礎(心柱用の礎石)の表面に赤色塗料が付着して発見されることがありますが、これらは当時の建造物の柱や壁に用いられた赤色顔料の痕跡と考えられています(香芝市教育委員会香芝市二上山博物館,2003)。本学所蔵の瓦にも、かすかにベンガラ系の塗料が残っているものもあります(図6)。瓦や建造物を見るときにもベンガラ塗りのことを頭に入れておくと良いですね。
日頃、見慣れている風景からも、ほんの少しの知識を得ることで、歴史文化について、あるいは社会で用いられている材料や製品の成り立ちを学ぶことができます。学生の皆さんも、キャンパスを歩き回り、そのキャンパスのあちらこちらにある不思議を発見して、大学の新たな魅力を感じてもらいたいと願っています。
参考文献
・ 辻広美 2013 「古代遺跡出土ベンガラの材料科学的研究」,岡山大学大学院自然科学研究科博士論文
・ ベンガラ専門店「古色の美」 「ベンガラのこと」(2021年12月10日時点)http://www.kosyokunobi.com/benigara%20guide/benigara.html
・ 森下弁柄工業株式会社 「弁柄について」(2021年12月10日時点)http://www.morishita-bengara.co.jp/bengara.html
・ 奈良文化財研究所 2020 「バクテリアがつくる顔料」,なぶんけんブログ/2020年2月3日(2021年12月10日時点)https://www.nabunken.go.jp/nabunkenblog/2020/02/20200203.html)
・ 香芝市教育委員会香芝市二上山博物館2003 「尼寺廃寺Ⅰ -北廃寺の調査-」香芝市文化財調査報告書 第4集