2021年12月7日
第23回 全学教育開発センター ~アドベンチャーカウンセリングによる対人スキルの育成
今回は全学教育開発センターを取り上げます。本センターでは、全学的な教育施策の企画と開発、教育活動の基盤整備、継続的な改善や支援にあたっています。従来の教養科目や語学関連科目に加えて、初年次教育の一環として、自校史や初等段階のデータサイエンス科目、さらには、今回取り上げる対人スキル支援の科目も、このあと述べるように社会で活躍する力を身につけるための重要な科目です。
本学では、「実学の帝塚山大学」をスローガンに掲げ、卒業後に社会に貢献できる人材育成を目標としています。専門的な知識やスキルは各学部・学科の教育で育成されますが、チームで活躍する人材となるためには、それらに加えて社会人基礎力である対人コミュニケーションや共感性、リーダーシップやチームビルディング力などの対人スキルが求められます。
全学教育開発センターでは、こうした対人スキルを育成するために、グループカウンセリングで活用されている「アドベンチャーカウンセリング」の手法を用いて教育を進めていますので、ご紹介しましょう。今回の専門アドバイザーは臨床心理学、とくにアドベンチャーカウンセリングやグループアプローチがご専門の同センター所属の小西浩嗣(ひろつぐ)講師です。
アドベンチャーカウンセリングとは、アメリカで40年以上の実績があり、若者に冒険的な課題に挑戦させ、その経験を通じて若者の全人的な成長や対人関係力の向上を図る手法です(小西, 2021)。プロジェクトアドベンチャー(PA)という組織が開発したプログラムに基づいており、日本でも国立青少年自然の家や野外活動センター等で導入され、大学では、玉川大学、関西大学などで専用施設を整備して導入されています。
本学のアドベンチャーカウンセリングは、2004年に心理福祉学部(現心理学部)が開設されたのに伴い、施設と科目が整備されました。学園前キャンパスにある心理実習室(図1)には、アドベンチャーカウンセリングに用いられるエレメントが設置されています。エレメントとはロープや木材、ワイヤーなどで作られた装置であり、50cm~4m程の高さにおいてグループ課題にチャレンジするローエレメント、6~10mの高所において専用の器具類(ロープ・ハーネスなど)を使用し、グループメンバーに身体の安全を確保されて行うハイエレメントがあります。
アドベンチャーカウンセリングでは、参加者が数名~10名程度のチームを構成して、チーム毎に役割を分担して、相互に協力をしながら課題にチャレンジしていきます。その課題を「アクティビティ」と呼びますが、最初の方には、「アイスブレーキング」や「ウオームアップ」のように、心身の緊張をほぐし、準備を行うアクティビティが有り、その後、徐々に「コミュニケーション」や「トラスト」というチームビルディングのアクティビティとなります。そして、最後の方に、ローエレメントやハイエレメントのように、一定のリスクを伴うアクティビティが参加者相互に協力する形で実施されます。
チームビルディングは、社会の様々な場面で必要とされており、アドベンチャーカウンセリングは多くの企業やスポーツクラブなどにも取り入れられています。また幼少期からの対人関係や相互理解を念頭に小学校での導入も行われていて、帝塚山大学は地域の小学校の児童や教職員の支援にも取り組んでいます。
東生駒キャンパスの各学部一年生向けの初年次教育科目・特別講義「人間関係とコミュニケーション」でも、毎週、学生たちが様々なアクティビティに取り組んでいます(図2)。臨床心理学のグループアプローチでも用いられているアイスブレーキングでの自己紹介やゲーム、簡単な課題に取り組みながら、相手を知り、自分を知り、相互に信頼する小さなプロセスを繰り返していきます。上は「ペアじゃんけん」と呼ばれるもので、じゃんけんをしながらゆっくり開脚をして足を伸ばしていきます。下は、「ヘリウムフープ」というもので、フラフープの下部に全員の人差し指をつけたまま床まで下ろすという協力アクティビティです。図3はそうしたアクティビティで用いられる小道具や装備です。小道具たちも何度も繰り返し使用されて、少しくたびれていますが、卒業してからもこんな道具を用いて授業を受けたなと、懐かしく思い出して欲しいものです。
このアドベンチャーカウンセリングは、学部のゼミ単位での活動や各クラブでの利用もされています。時には、東生駒キャンパスの文学部や経済経営学部のゼミナール学生たちが学園前キャンパスまでやってきて、ローエレメント(図4)やハイエレメント(図5)の体験を通じて、充実した一時を過ごしてくれます。参加学生の感想を一部ですが紹介します。
「毎回この授業を楽しみにしていて、授業の時間が過ぎるのもあっという間だった。毎度、授業時間がもっとあればいいのに、と思っていたほどなので、前期が終わってしまってすごく寂しい。 (中略) 四か月間で、しかも授業は週一回だけだったのに、ここまで自分の心持ちが変わるのは予想外だった。」(人間関係とコミュニケーション2021前期)
「この授業で出会ったみんなとの関係性は、友人というよりも仲間という言葉の関係性に近かったように感じられた。(中略) コミュニケーションが社会でもどこでも大切であるということは、これまでも知っているつもりだったが、この授業を通じてただ言葉を交わすことだけがコミュニケーションではなく感情や考えを言葉以外にも色々な手段を用いて信用や信頼を築いていくことがコミュニケーションというものなのかもしれないと知った。」(人間関係とコミュニケーション2019前期)
「一番印象に残ったのは「クライミングウォール」。やはりインパクトが強かったのと、一番仲間を信頼しなければいけないものだったからです。安全確保は、仲間の体につなげてもらった1本のロープだけ。そのロープは他の仲間の3人で引っ張ってはいるけれど、もし手を離してしまったら、重さに耐えきれなくなって引きずられてしまったら、怖いシミュレーションをはじめたらキリがありませんでした。しかし、このゼミメンバーなら大丈夫。そう確信し、一番手に名乗り出ました。(中略) 最上部までたどり着いた証となる鈴を鳴らしたとき、いつもバラバラなゼミメンバーがひとつになれた気がしました。」(文学部ゼミ2019後期)
課題にチャレンジする体験とそれを通じた自己洞察、他人と自分を信じる気持ち、成功した達成感と他者への感謝などの経験を積んで、自分自身を成長させるきっかけを得る場の一つとして、このアドベンチャーカウンセリングが、帝塚山大学で発展して欲しいと願っています。
参考文献
・ 小西浩嗣 2021 「授業カリキュラムにおけるアドベンチャーカウンセリングの実践-導入からこれまでの取組についての報告-」,人間環境科学,Vol.28, 21-32, 2021(帝塚山大学人間環境科学研究所)
・ ジム・ショーエル,リチャード・S・メイゼル(著),プロジェクトアドベンチャージャパン(訳) 2017 グループの中に癒しと成長の場をつくる:葛藤を抱える青少年のためのアドベンチャーベースドカウンセリング, みくに出版
・ 川合悟, 小西浩嗣(著) 2009 「アドベンチャーカウンセリングの実践」,蓮花一己, 三木善彦(編) こころのケアとサポートの教育-大学と地域の協同 帝塚山大学出版会(pp.45-72)
・ 中野民夫(著) 2001 ワークショップ―新しい学びと創造の場, 岩波書店