学長、帝塚山大学

2021年12月7日

第23回 全学教育開発センター ~アドベンチャーカウンセリングによる対人スキルの育成

今回は大学院心理科学研究科を取り上げます。紹介する研究分野は「交通心理学」を選びました。交通心理学の研究調査では多種多様な機器・機材が用いられるので、その一端をご紹介しようと思います。専門アドバイザーは、筆者(蓮花)が担当します。また、心理学部で産業心理・交通心理学を専門とされている森泉慎吾講師(産業・交通心理学)とゼミナール学生たちの協力も得ました。
臨床心理学や発達心理学と比べて、「交通心理学」というのは、何をする学問なのか、学生の皆さんにとっても疑問に感じるでしょう。一般社会の方々にとっても馴染みのない分野ですので、少し説明しましょう
心理学を大別すると、人間行動や心理のメカニズムを理解しようとする「基礎心理学」と、現実場面での人間が関わる社会的課題の解決を図る「応用心理学」に区別されます。そして、応用心理学の中でも、人間社会の問題に応じて、個人のメンタルヘルスや悩みに関しては「臨床心理学」、産業社会の労働災害や消費者行動については「産業心理学」、環境問題では「環境心理学」のように分かれていきます。「交通心理学」は、人間の移動に伴う問題、とくに事故防止や生活の質の確保などを扱う分野として発達してきました。ただし、私個人は、長く研究を続けてきて、「交通心理学」には、交通行動のメカニズムを理解しようとする基礎心理的な側面と交通事故を防止するための応用心理的な側面の両面があると考えています。
帝塚山大学大学院心理科学研究科の交通心理学研究室では、子ども(園児や児童)の歩行行動から高齢ドライバーの運転行動調査まで幅広いテーマで研究を続けています。交通行動は道路上で発生するため、大学の中にいてもよく分かりませんので、筆者(蓮花)も各地のフィールドに出かけて、道路上の観察調査をよく実施してきました。
図1に示すように、ビデオカメラは観察調査には不可欠な機材です。その記録方式も、1975(昭和50)年に発売が開始されたベータ方式(ソニー)や1976(昭和51)年発売開始のVHS方式(日本ビクター、松下電器産業(現パナソニック))からハイエイト方式(ソニー)、S-VHS方式(松下電器産業)、ハイビジョン、そして4Kのように進化してきました。記録媒体も、初期のビデオテープからSDカードやハードディスクのように、様々なものがアナログからデジタルへと時代と共に大きく変化しました。
初期のビデオカメラは大型で持ち運びが大変でしたが、1985(昭和60)年にソニーが現在のビデオカメラの先駆けとなった片手で持てるハンディカムを発売し小型化が実現しました。意外に大変なのは、ビデオデッキやバッテリー、充電器、接続コード類も、カメラの種類に応じて異なるので、各種揃えなければならないことです。最近は映像記録も編集もコンピュータ上でできるので便利になりました。
研究室では、最近20年間にわたり、高齢ドライバー研究を継続して実施しています。全国各地の調査では、当地の教習所の協力を得て、高齢者に教習所までお越し頂いて質問紙調査や運転行動調査を実施しました(図2)。これまで、北海道から九州まで延べ10数カ所の道府県で調査を進めてきました。調査に参加した学生たちをはじめ、現地の教習所関係者や高齢者の方々との交流は筆者(蓮花)にとっても素晴らしい思い出となっています。
教習車を用いての調査では、ドライブレコーダやジャイロセンサなどの、特殊な測定機器を用います。図3には、最近実施した高知県での調査で用いたドライブレコーダを紹介します。一般で市販されているものよりも、運転行動に関する情報が豊富で、前後や室内の映像と共に、地図上での走行記録や速度、合図、ブレーキなどがハードディスクに記録されます。こうしたドライブレコーダ14台を用いて、高齢者の教習所走行コースや一般道路での運転を分析しました。
また、ドライバーが交差点などで安全確認を行うために頭を左右に動かし、また足でブレーキやアクセルペダルを操作しますが、これを測定するのが、動きを検出するジャイロセンサを活用したObjet((株)ATR-Sensetec)と呼ばれる装置です(図4)。高齢者の中には交差点での安全確認が十分ではない人が多いことも、研究から分かってきました。
外に出かけて調査するだけではなく、大学の研究室でも実験などを行います。図5はアビテックス(YAMAHA製)という簡易型実験室です。本来は自宅でピアノ練習をするために室内に設置する小部屋ですが、私たちの研究室では実験用に用いています。一定の防音効果があり、エアコンも設置され、AV機器も揃えているので、学生による各種の実験にも使用されています。
皆さんはアイカメラという装置をご存じですか。人間の中心視と呼ばれる視野の中心点を記録する装置です。人間は何かを見るときに、視線をその対象に向けるので、この注視点を記録することで、ドライバーが何に注意しているのかが分かります。研究室には、図6に示すようなアイカメラ((株)ナックイメージテクノロジー)があります。車両前方の交通状況の映像をモニターに提示してドライバーの視線を計測・分析すると、そのドライバーが道路上の危険源(ハザードと言います)をどの程度理解しているかが評価できます。
最近は非接触式視線計測のできるアイトラッカーも登場しており、心理科学研究科でも所有しています。こうしたアイカメラやアイトラッカーを用いて、研究科の他の研究室でも、様々な注意1)の研究が期待できます。例えば、対面で誰かと話している時にどこを見るか、広告の写真で何に注目するか、などがテーマとして浮かびます。
交通心理学に限らず、心理学研究では、様々な機器・機材や道具を用いて研究を進めています。しかし、その多くは一般の人々にほとんど知られていません。講義や実習で興味を持った研究があれば、学生の皆さんも積極的に先生方の研究室を訪れて、機器・機材を用いた研究について、教員に質問されることをお薦めします。
1) 注意とは「意識の状態の一つで、この状態では感覚が環境の諸側面に対して反応しやすい状態になる」(APA心理学大辞典,2013)ことを意味します。つまり、人間はすべての物事に注意を向ける能力を持っていないため、物事を選択的に把握しようとします。生存や生活にとって重要な対象や刺激量が大きい対象が選択されやすくなります。この心の働きが「注意」です。
参考文献
G.R.ファンデンボス監修,繁枡算男・四本裕子監訳 2013 『APA心理学大辞典』,培風館
蓮花一己・向井希宏 2017 『交通心理学』,放送大学教育振興会
蓮花一己編著 2000 『交通行動の社会心理学』,北大路書房

今回は全学教育開発センターを取り上げます。本センターでは、全学的な教育施策の企画と開発、教育活動の基盤整備、継続的な改善や支援にあたっています。従来の教養科目や語学関連科目に加えて、初年次教育の一環として、自校史や初等段階のデータサイエンス科目、さらには、今回取り上げる対人スキル支援の科目も、このあと述べるように社会で活躍する力を身につけるための重要な科目です。 

本学では「実学の帝塚山大学」をスローガンに掲げ、卒業後に社会に貢献できる人材育成を目標としています。専門的な知識やスキルは各学部学科の教育で育成されますが、チームで活躍する人材となるためには、それらに加えて社会人基礎力である対人コミュニケーションや共感性、リーダーシップやチームビルディング力などの対人スキルが求められます。 

全学教育開発センターでは、こうした対人スキルを育成するために、グループカウンセリングで活用されている「アドベンチャーカウンセリング」の手法を用いて教育を進めていますので、ご紹介しましょう。今回の専門アドバイザーは臨床心理学、とくにアドベンチャーカウンセリングやグループアプローチがご専門の同センター所属の小西浩嗣(ひろつぐ)講師です。

アドベンチャーカウンセリングとは、アメリカで40年以上の実績があり、若者に冒険的な課題に挑戦させ、その経験を通じて若者の全人的な成長や対人関係力の向上を図る手法です(小西, 2021)。プロジェクトアドベンチャー(PA)という組織が開発したプログラムに基づいており、日本でも国立青少年自然の家や野外活動センター等で導入され、大学では、玉川大学、関西大学などで専用施設を整備して導入されています。

本学のアドベンチャーカウンセリングは、2004年に心理福祉学部(現心理学部)が開設されたのに伴い、施設と科目が整備されました。学園前キャンパスにある心理実習室(図1)には、アドベンチャーカウンセリングに用いられるエレメントが設置されています。エレメントとはロープや木材、ワイヤーなどで作られた装置であり、50cm~4m程の高さにおいてグループ課題にチャレンジするローエレメント、6~10mの高所において専用の器具類(ロープ・ハーネスなど)を使用し、グループメンバーに身体の安全を確保されて行うハイエレメントがあります。 

アドベンチャーカウンセリングでは、参加者が数名~10名程度のチームを構成して、チーム毎に役割を分担して、相互に協力をしながら課題にチャレンジしていきます。その課題を「アクティビティ」と呼びますが、最初の方には、「アイスブレーキング」や「ウオームアップ」のように、心身の緊張をほぐし、準備を行うアクティビティが有り、その後、徐々に「コミュニケーション」や「トラスト」というチームビルディングのアクティビティとなります。そして、最後の方に、ローエレメントやハイエレメントのように、一定のリスクを伴うアクティビティが参加者相互に協力する形で実施されます。

チームビルディングは、社会の様々な場面で必要とされており、アドベンチャーカウンセリングは多くの企業やスポーツクラブなどにも取り入れられています。また幼少期からの対人関係や相互理解を念頭に小学校での導入も行われていて、帝塚山大学は地域の小学校の児童や教職員の支援にも取り組んでいます。

東生駒キャンパスの各学部一年生向けの初年次教育科目・特別講義「人間関係とコミュニケーション」でも、毎週、学生たちが様々なアクティビティに取り組んでいます(図2)。臨床心理学のグループアプローチでも用いられているアイスブレーキングでの自己紹介やゲーム、簡単な課題に取り組みながら、相手を知り、自分を知り、相互に信頼する小さなプロセスを繰り返していきます。上は「ペアじゃんけん」と呼ばれるもので、じゃんけんをしながらゆっくり開脚をして足を伸ばしていきます。下は、「ヘリウムフープ」というもので、フラフープの下部に全員の人差し指をつけたまま床まで下ろすという協力アクティビティです。図3はそうしたアクティビティで用いられる小道具や装備です。小道具たちも何度も繰り返し使用されて、少しくたびれていますが、卒業してからもこんな道具を用いて授業を受けたなと、懐かしく思い出して欲しいものです。

このアドベンチャーカウンセリングは、学部のゼミ単位での活動や各クラブでの利用もされています。時には、東生駒キャンパスの文学部や経済経営学部のゼミナール学生たちが学園前キャンパスまでやってきて、ローエレメント(図4)やハイエレメント(図5)の体験を通じて、充実した一時を過ごしてくれます。参加学生の感想を一部ですが紹介します。 

「毎回この授業を楽しみにしていて、授業の時間が過ぎるのもあっという間だった。毎度、授業時間がもっとあればいいのに、と思っていたほどなので、前期が終わってしまってすごく寂しい。 (中略) 四か月間で、しかも授業は週一回だけだったのに、ここまで自分の心持ちが変わるのは予想外だった。」(人間関係とコミュニケーション2021前期) 

 「この授業で出会ったみんなとの関係性は、友人というよりも仲間という言葉の関係性に近かったように感じられた。(中略) コミュニケーションが社会でもどこでも大切であるということは、これまでも知っているつもりだったが、この授業を通じてただ言葉を交わすことだけがコミュニケーションではなく感情や考えを言葉以外にも色々な手段を用いて信用や信頼を築いていくことがコミュニケーションというものなのかもしれないと知った。」(人間関係とコミュニケーション2019前期)

 「一番印象に残ったのは「クライミングウォール」。やはりインパクトが強かったのと、一番仲間を信頼しなければいけないものだったからです。安全確保は、仲間の体につなげてもらった1本のロープだけ。そのロープは他の仲間の3人で引っ張ってはいるけれど、もし手を離してしまったら、重さに耐えきれなくなって引きずられてしまったら、怖いシミュレーションをはじめたらキリがありませんでした。しかし、このゼミメンバーなら大丈夫。そう確信し、一番手に名乗り出ました。(中略) 最上部までたどり着いた証となる鈴を鳴らしたとき、いつもバラバラなゼミメンバーがひとつになれた気がしました。」(文学部ゼミ2019後期)

 課題にチャレンジする体験とそれを通じた自己洞察、他人と自分を信じる気持ち、成功した達成感と他者への感謝などの経験を積んで、自分自身を成長させるきっかけを得る場の一つとして、このアドベンチャーカウンセリングが、帝塚山大学で発展して欲しいと願っています。

 参考文献
  小西浩嗣 2021 「授業カリキュラムにおけるアドベンチャーカウンセリングの実践-導入からこれまでの取組についての報告-」,人間環境科学,Vol.2821-32, 2021(帝塚山大学人間環境科学研究所)
  ジム・ショーエル,リチャード・S・メイゼル(),プロジェクトアドベンチャージャパン(訳) 2017 グループの中に癒しと成長の場をつくる:葛藤を抱える青少年のためのアドベンチャーベースドカウンセリング, みくに出版
  川合悟, 小西浩嗣() 2009 「アドベンチャーカウンセリングの実践」,蓮花一己, 三木善彦() こころのケアとサポートの教育-大学と地域の協同 帝塚山大学出版会(pp.45-72
  中野民夫() 2001 ワークショップ新しい学びと創造の場, 岩波書店

 

図1 学園前キャンパス心理実習室のローエレメントとハイエレメント (2021年12月撮影)

図2 授業でのアクティビティの例(上:ウオーミングアップのペアじゃんけん)(2021年11月撮影)(下:ヘリウムフープ:協力アクティビティの一種)(2006年9月撮影)

図3 アクティビティの小道具や装備たち(上:挨拶ゲームで用いられる小道具 下:ハイエレメントで用いられる安全装備)

図4 「ウォール」(ローエレメントのアクティビティ)(2007年7月撮影)

図5 「クライミングウォール」(ハイエレメントのアクティビティ)(2007年7月撮影)