学長、帝塚山大学

2021年10月20日

第20回 大学院人文科学研究科  ~『正倉院式文様集』と『古代芸術拓本稀観』~

帝塚山大学には、人文科学研究科と心理科学研究科という二つの大学院研究科があります。今回は大学院人文科学研究科を取り上げ、特色ある研究分野として美術史を取り上げます。エッセイのテーマは『正倉院式文様集』と『古代芸術拓本稀観』です。専門アドバイザーは、日本美術史や日本宗教文化史がご専門の文学部杉﨑貴英教授(奈良学総合文化研究所長;2021年時点)です。

学生の皆さんも正倉院展の名前をご存じと思います。東大寺大仏殿の北西に所在する正倉院に長く保存されている宝物の数々が、1956(昭和21)年以降ほぼ毎年秋のシーズンに奈良国立博物館で公開されています(2021年は10月30日から11月15日に開催)。この期間は全国各地から、正倉院の宝物を拝観するために大勢の方々が奈良を訪れます(図1)。

正倉院の宝物は1250年以上にわたって大切に伝えられてきました。東大寺大仏を造立された聖武天皇・光明皇后ゆかりの品をはじめとして、天平時代の約9千件の宝物が収納されています。その中には、シルクロードから伝来した宝物や日本で制作された優れた美術工芸品や絵画、文書、経巻などが含まれています。正倉院宝物は、土中から発掘した品ではなく、人から人に地上で伝世した品であることがとても貴重です。本学には、毎年の『正倉院展目録』がほぼ揃っていますので、他大学にはなかなかない自慢の一つです。

正倉院の宝庫は年に一度2ヶ月だけ開封され、宝物の点検・調査が宮内庁の職員により行われます。そして正倉院展は、毎年の点検・調査期間中に60件前後の宝物を一般の方々に公開しているものです。膨大な宝物の中から約60件のみ拝観できる訳ですから、毎年異なる展示宝物を見ようと訪れる人々が多いことも理解できますね。

さて、帝塚山大学が所蔵している『正倉院式文様集』は、大正から昭和戦前期に活躍した日本画家の久留春年(ひさとめ・しゅんねん、1881?~1936)の制作によるもので、正倉院などの古代染織物の模写をまとめたものです。久留氏は、日本美術院第二部(現、公益財団法人美術院)の創設時のメンバーとして、文化財修復作業にも関わったことがわかっています(杉﨑貴英,2020)。

1924年(大正13年)4月15日から30日の16日間に、当時の奈良帝室博物館(現在の奈良国立博物館)で、正倉院に所蔵されている染織品の大規模な展覧会が初めて開催され、大きな反響を呼びました(板野孝則,2020)。来館者数が2万5千人という記録が残っており、当時としては驚くべき数字です。しかし、開催期間があまりに短く、染織や文様の研究者の多くが実物を見る機会が得られなかったようです。久留氏は会期中に優れたものをことごとく模写し、全国の研究者のために、写真版として文様集を刊行しました。

『正倉院式文様集』は全5集、各々に20枚の模写図が含まれています(図2)。なお、表題に正倉院と銘打っているものの、正倉院以外の古代の染織品も含まれているのが特長です(図3)。図3下には法隆寺宝物の例を紹介しておきます。

なお、同じく久留春年氏が編集した『古代芸術拓本稀観』も大学で所蔵しており、こちらは、全3集で、各々に10枚程度の図版があります。とくに、仏像などの拓本が多く含まれています。昭和初期の刊行ですから、少し規制が緩かったのか、現在国宝に指定されており、今では不可能となった仏像の拓本も有り、貴重な資料と言えます。中でも注目されるのが「法隆寺金堂 橘夫人念持仏 光屏」です。橘夫人念持仏の後屏の蓮華化生像の拓本(図4)ですが、その中央にある像は前にある透彫光背のために目視できず、写真でも撮影されていません(板野孝則,2020)。

また、拓本のほかに、久留氏が描いた仏像の構造図解も含まれています。外からでは見えない内部の様子も理解できることで仏像への理解が深まります。貴重な図版を用いて、文化財の研究の進展が期待できますし、大学院や学部教育においても活きた資料として大きな教育効果をもたらすでしょう(図6)。帝塚山大学では、こうした貴重な資料を用いて、本物志向の教育を進めていますので、大学生のみならず、学部生の皆さんも関心のあるテーマで、先生方に知りたいテーマや触れたい文化財や資料を問いかけて下さい。

帝塚山大学には、人文科学研究科と心理科学研究科という二つの大学院研究科があります。今回は大学院人文科学研究科を取り上げ、特色ある研究分野として美術史を取り上げます。エッセイのテーマは『正倉院式文様集』と『古代芸術拓本稀観』です。専門アドバイザーは、日本美術史や日本宗教文化史がご専門の文学部杉﨑貴英教授(奈良学総合文化研究所長;2021年時点)です。
学生の皆さんも正倉院展の名前をご存じと思います。東大寺大仏殿の北西に所在する正倉院に長く保存されている宝物の数々が、1956(昭和21)年以降ほぼ毎年秋のシーズンに奈良国立博物館で公開されています(2021年は10月30日から11月15日に開催)。この期間は全国各地から、正倉院の宝物を拝観するために大勢の方々が奈良を訪れます(図1)。
正倉院の宝物は1250年以上にわたって大切に伝えられてきました。東大寺大仏を造立された聖武天皇・光明皇后ゆかりの品をはじめとして、天平時代の約9千件の宝物が収納されています。その中には、シルクロードから伝来した宝物や日本で制作された優れた美術工芸品や絵画、文書、経巻などが含まれています。正倉院宝物は、土中から発掘した品ではなく、人から人に地上で伝世した品であることがとても貴重です。本学には、毎年の『正倉院展目録』がほぼ揃っていますので、他大学にはなかなかない自慢の一つです。
正倉院の宝庫は年に一度2ヶ月だけ開封され、宝物の点検・調査が宮内庁の職員により行われます。そして正倉院展は、毎年の点検・調査期間中に60件前後の宝物を一般の方々に公開しているものです。膨大な宝物の中から約60件のみ拝観できる訳ですから、毎年異なる展示宝物を見ようと訪れる人々が多いことも理解できますね。
さて、帝塚山大学が所蔵している『正倉院式文様集』は、大正から昭和戦前期に活躍した日本画家の久留春年(ひさとめ・しゅんねん、1881?~1936)の制作によるもので、正倉院などの古代染織物の模写をまとめたものです。久留氏は、日本美術院第二部(現、公益財団法人美術院)の創設時のメンバーとして、文化財修復作業にも関わったことがわかっています(杉﨑貴英,2020)。
1924年(大正13年)4月15日から30日の16日間に、当時の奈良帝室博物館(現在の奈良国立博物館)で、正倉院に所蔵されている染織品の大規模な展覧会が初めて開催され、大きな反響を呼びました(板野孝則,2020)。来館者数が2万5千人という記録が残っており、当時としては驚くべき数字です。しかし、開催期間があまりに短く、染織や文様の研究者の多くが実物を見る機会が得られなかったようです。久留氏は会期中に優れたものをことごとく模写し、全国の研究者のために、写真版として文様集を刊行しました。
『正倉院式文様集』は全5集、各々に20枚の模写図が含まれています(図2)。なお、表題に正倉院と銘打っているものの、正倉院以外の古代の染織品も含まれているのが特長です(図3)。図3下には法隆寺宝物の例を紹介しておきます。
なお、同じく久留春年氏が編集した『古代芸術拓本稀観』も大学で所蔵しており、こちらは、全3集で、各々に10枚程度の図版があります。とくに、仏像などの拓本が多く含まれています。昭和初期の刊行ですから、少し規制が緩かったのか、現在国宝に指定されており、現在では不可能となった仏像の拓本も有り、貴重な資料と言えます。中でも注目されるのが「法隆寺金堂 橘夫人念持仏 光屏」です。橘夫人念持仏の後屏の蓮華化生像の拓本(図4)ですが、その中央にある像は前にある透彫光背のために目視できず、写真でも撮影されていません(板野孝則,2020)。
また、拓本のほかに、久留氏が描いた仏像の構造図解も含まれています。外からでは見えない内部の様子も理解できることで仏像への理解が深まります。貴重な図版を用いて、文化財の研究の進展が期待できますし、大学院や学部教育においても活きた資料として大きな教育効果をもたらすでしょう(図6)。帝塚山大学では、こうした貴重な資料を用いて、本物志向の教育を進めていますので、大学生のみならず、学部生の皆さんも関心のあるテーマで、先生方に知りたいテーマや触れたい文化財や資料を問いかけて下さい。
参考文献
・ 杉﨑貴英 2020 「久留春年探索序章」,奈良学研究,Vol.22,67-92(帝塚山大学奈良学総合文化研究所)
板野孝則 2020 「久留春年編『正倉院式文様集』・『古代芸術拓本稀観』について」, 日本文化史研究,Vol.51, 157-182(帝塚山大学奈良学総合文化研究所)
米田雄介・杉本一樹 2009 『正倉院美術館 ザ・ベストコレクション』講談社
松本包夫 1984 『正倉院裂と飛鳥天平の染織』紫紅社
奈良国立博物館 1956~2020 『正倉院展目録』(1956は奈良帝室博物館)

参考文献
・ 杉﨑貴英 2020 「久留春年探索序章」,奈良学研究,Vol.22,67-92(帝塚山大学奈良学総合文化研究所)
板野孝則 2020 「久留春年編『正倉院式文様集』・『古代芸術拓本稀観』について」, 日本文化史研究,Vol.51, 157-182(帝塚山大学奈良学総合文化研究所)
米田雄介・杉本一樹 2009 『正倉院美術館 ザ・ベストコレクション』講談社
松本包夫 1984 『正倉院裂と飛鳥天平の染織』紫紅社
奈良国立博物館 1956~2020 『正倉院展目録』(1956は奈良帝室博物館)

 

図1 正倉院関連書籍の数々

図2 帝塚山大学所蔵『正倉院式文様集』(2021年10月撮影)

図3 帝塚山大学所蔵『正倉院式文様集』の表紙と文様(上:第2集①「狩画錦裂」:正倉院宝物、下:第5集①「廣東錦」:法隆寺献納宝物)(2021年10月撮影)

図4 「法隆寺金堂 橘夫人念持仏 光屏」『古代芸術拓本稀観』(帝塚山大学所蔵)(2021年10月撮影)

図5 『古代芸術拓本稀観』(帝塚山大学所蔵)の構造図解 (左:「東大寺三月堂乾漆佛 構造」、右:東大寺三月堂本尊 宝冠構造)(2021年10月撮影)

図6 大学院人文科学研究科と文学部での教育(上:大学院での個人指導の様子、下:文学部「日本文化演習」での様子)(2021年10月撮影)