学長、帝塚山大学

2021年10月11日

第19回 山里の風景 ~私立大学研究ブランディング「学際的奈良学研究」の取組(2)

今回のエッセイのテーマは「山里の風景」です。前回に引き続いて、文部科学省私立大学研究ブランディング事業『「帝塚山プラットフォーム」の構築による学際的「奈良学」研究の推進』(2018~2020)の取組を紹介します。

本事業では、大学全体として、様々な学問分野から産官学連携等の形態を通して「プロジェクト型学習」の手法を駆使して学際的「奈良学」研究に取り組みましたが、今回は永井清繁氏が昔の奈良の暮らしを描いた『奈良山里の生活図誌』(図1)を紹介します。今回の専門アドバイザーは、民俗学がご専門の文学部高田照世教授です。 

本図誌の存在を大学が知ったのは、永井氏のひ孫にあたる女子学生が高田教授の民俗学ゼミに所属し、家に伝わる図誌について、研究発表をしたことに遡ります。この生活図誌は奈良県天理市福住町で生まれ育った永井氏が描かれた明治末期から昭和30年代頃までの福住町の生活文化の記録です。昭和50年代、社会が急速に変化していく時代に、昔のふるさとの生活を子どもや孫たちに伝えたいという思いから、永井氏は多くの絵を描かれたそうです。記録によると、これらの絵を描き始めたのは、永井氏がお子様に呉服商の仕事を譲った70歳頃(昭和50年代)からということです。絵の数は画帳6冊、120枚余りで、それぞれの絵に関する解説文が残されており、民俗学調査の報告としても大変貴重な絵画民俗資料です。

こうした資料を対象にした取り組みとして、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が選定している「世界の記憶(旧:世界記憶遺産)」があります。日本での登録は全7件で、登録第1号が、明治・大正から昭和初期にかけて在りし日の炭鉱の姿を驚くべき正確さと緻密さで克明に描いている炭鉱記録画であることに鑑み、帝塚山大学では、同時代に正確かつ緻密に描かれた『奈良山里の生活図誌』を貴重な絵画民俗資料として教育に活用するだけでなく、今後、日本国内での展示などで活用し、その価値を広めていく予定です。 

帝塚山大学では、これらの絵と解説を2019年に帝塚山大学出版会から『奈良山里の生活図誌』として刊行しました。図誌の絵を眺めていると、日本の昔の風景や生活が生き生きと描写されていることに驚かされます。筆者(蓮花)は、父の仕事の関係で子ども時代に何度も引っ越しをしながら、日本各地の村や町で育ったので、絵に描かれた昔の暮らしについて、大変懐かしく感じました。しかし、こうした昔の田園風景や生活文化が、近年急速に失われているのが現状です。 

文学部民俗学専攻の学部学生と大学院生たちは、これらの絵に描かれた昔の暮らしについて、福住町のお年寄りの方々に聞き取り調査をしていきました(図2)。天理市福住町を始め近隣の村々では、絵に描かれた風習の一部が今でも大切に行われています。現代でも、福住町の隣町の山田町では「田の虫おくり」の行事が行われています。田植えを終えた時期に、五穀豊穣と無病息災を祈願して田の虫を追い払う儀式です。その土地ごとにやり方が異なりますが、学生たちもこの虫おくりの行事に参加し、町の風習に従って、竹を燃やして練り歩きました(図3)。

帝塚山小学校では、3年生の児童を対象に、「福住プロジェクト」での研究成果に基づき、「昔の道具と人々の暮らし」について社会科の授業を行いました(図4)。現代生活学部居住空間デザイン学科の学生たちに協力を求めて、図誌の絵に基づいて、明治後期から昭和初期頃の当時の露店を再現しました。本物そっくりに作られたお菓子や果物、魚、おもちゃなどに児童たちも興味津々でした。また、福住町の方に来て頂いて、わらの編み方などの実演も好評で、その後わらで草履などを編む体験も行いました。 

その後、奈良県の各地の関係者に生活図誌の存在が知られるにつれて、色々な催しが行われていきます。図5は奈良県立図書情報館で2018年6月に実施された「山里に行き交う職人たち」の催しです。永井氏の絵のパネルとともに、学生たちの屋台も展示して、昔の暮らしを地域の方々に紹介しました。さらに、2019年9月には、奈良県立民俗博物館において、「帝塚山大学奈良学との出会い-絵と道具でたどる昔の奈良のくらし」が開催されました(図6)。永井氏の原画の特別展示もあり、好評を博しました。団体参加の小学校には、生活図誌の本を一冊寄贈するというプレゼント企画もあり、大変喜ばれたそうです。

奈良県をはじめとする関西の地には、古代史に関係する文化財だけでなく、中近世や近代の生活文化に関する多くの貴重な民俗資料や文化財が残っています。これらを再発見して、世の中に発信するのも大学の大きな役割です。学生の皆さんも、自分に関心のあるテーマを見つけて、地域でのプロジェクト活動に参加してくれることを願っています。

参考文献
・  高田照世編、永井清繁画・解説『奈良山里の生活図誌』(帝塚山大学出版会,2019)
・  帝塚山大学『「帝塚山プラットフォーム」の構築による学際的「奈良学」研究の推進』実績報告書(帝塚山大学奈良学研究推進室,2020)

図1 『奈良山里の生活図誌』(帝塚山大学出版会,2019)(「上:「表紙」結婚式後の新婦の二日帰り(里帰り))(下:「裏表紙」嫁入りの様子)

図2 天理市福住町での高齢者への聞き取り調査(2019年7月撮影)

図3 天理市山田町での虫おくり行事への参加(2018年6月撮影)(上:虫おくりの参加学生たち)(下:実際の虫おくりの様子)

図4 帝塚山小学校での「昔の暮らし」の再現 (2017年2月と2018年2月撮影)(上:わらを使った縄や道具の編み方の実演)(中:農作業での農具の紹介)(下:当時の縁日の再現)

図5 奈良県立図書情報館での展示『山里に行き交う職人たち』(2018年6月撮影)(上:展示準備)(中:居住空間デザイン学科の学生による屋台の再現展示)(下:展示の様子)

図6 奈良県立民俗博物館での展示『絵と道具でたどる昔の奈良の暮らし』(2019年9月撮影)(上:大学院生による展示解説)(下:学生たちの展示協力)