学長、帝塚山大学

2021年8月30日

第15回 経済経営学部 ~IT教育の実践

子ども時代に遊んでいたおもちゃや親が読んでくれた絵本はいつまでも覚えていますね。小さい頃から馴染んでいる遊び道具や人形たち、さらには親しんだ絵本の数々を、大人になっても大切に保存している方も多いと思います。
遊具(遊びに利用される道具や設備)は、体を動かすことで運動機能を向上させ、心と体の成育を助けてくれます。自然の中での遊び体験はリスクを伴うため、つねに大人による安全確保が求められますが、よく考えられた遊具は、子どもの安全に配慮して開発されてきましたので、子どもたちが比較的自由に遊べるという長所があります。子どもたちは一人であるいは他の子どもたちや親、先生方と一緒に遊ぶことを通して、心身を成長させていきます。
また、幼いころ、まわりの大人たちが読んでくれた絵本で、私たちは少しずつ世界の成り立ちを理解していきました。ときには、主人公の気持ちになって、物語で出会う不思議な動物や人間と触れ合ったり、ときには怪物に驚いたりして、いつしか成長することができました。
「小学校教諭」「幼稚園教諭」「保育士」の3資格の取得、さらには教員の養成をめざしている教育学部こども教育学科は、他の大学施設とは道を挟んだ建物(学園前キャンパス18号館)で多くの授業を行っています。その一階にある「子育て支援センター(通称:まつぼっくり)」は、地域住民の子育て支援を推進するとともに、教員、学生の子育て支援に関する教育・研究の場として、多くの遊具や絵本を備えています。遊具や絵本の専門アドバイザーを、教育学部こども教育学科の清水益治教授(学部長:2021年時点)と徳永加代准教授にお願いしました。
図1は子育て支援センターにある円形に設置された遊具のコーナーです。子どもが安心して遊べるように、色々な遊具が集められています。左奥の丸が8つ並んでいるのは、SUZUKIミュージックパッドMP-8(鈴木楽器製作所)です。パッドを踏むとドレミの音が出ます。その下の椅子のように見えるのは「コアラ」と呼ばれる遊具で、座る、乗る、トンネルのようにくぐる、などさまざまに工夫を凝らして遊ぶことができます。製造元であるデンマークのGONGE社では、子どもたちが室内でもより活発に体を動かすことを目的に各種の遊具を開発して、高い評価を受けています。その手前にあるのが木製のトンネル(こどものとも社)、その右のワニの背のようなものはウェイブバランス平均台(都村製作所)です。都村製作所は香川県のスポーツ機器と遊具を手がけるメーカーですが、室内・室外を問わず、多種多様な遊具を開発販売しています。また、滑り台が2つありますが、奥が1~2歳児用(マスセット社)、手前は更に低年齢児用の木製すべり台(こどものとも社)です。
子育て支援センターには、そのほかにも個性的な遊具をたくさん揃えていますので、その一部を紹介しましょう。図2の上がデュシマ社の床置きのピラミッド型のおもちゃです。各面に小さな子どもが興味を持つような素材がたくさんついており、回したり、音を鳴らしたり、眺めたり、手を突っ込んだりと、発達段階に応じて子どもたちの触覚・視覚・聴覚を刺激してくれます。また、数人の子どもが同時に遊べるので、楽しそうです。図2下がクネクネバーン/トレインカースロープ(ベック社)の木製のおもちゃ。駆け下りるトレインを子どもが追視するのを促してくれます。
乳幼児期の環境にダイバーシティ(多様性)を組み入れる必要性は、世界で認識されています。世界中で使われている保育環境評価スケール(ハームスら)でも、「多様性の受容」という評価項目が取り上げられています。この項目では図3の写真のような人種の多様性を示す人形などが利用されています。多様な文化を示す民族衣装、色々な民族の調理や食事の道具が保育室にあることで評価が高くなります。教育学部こども教育学科においては、保育士や幼稚園教諭、さらに小学校教諭養成機関としての教育環境を向上させるためにも重要です。
センターでは絵本を用いた実習にも力を入れています。図4は学生たちによる手作り絵本の例です。図4上は絵本に付けられたキュウリなどの野菜を取ることができます。子どもたちも喜びそうです。図4下は絵本が丸くくり抜かれていて、顔を出して遊べます。
大型絵本も充実しています。図5上は大型絵本の収納スペースです。大型絵本の読み聞かせは大勢の子どもたちに対して行う保育活動ですので、発声のみならず、話のテンポや園児の観察などのスキル向上のために、充分な訓練が求められます。教育学部こども教育学科の学生が実施している実際の読み聞かせの場面を紹介しておきます(図5下)。
いかがでしたか。「子育て支援センター」の施設と遊具の一部を紹介しましたが、私たちは、子どもの安全を確保しつつ、成長を促す遊具や絵本が日本中で活用されていくことを願っています。さらに、「教育学部こども教育学科」を卒業された皆さんが保育園や幼稚園、小学校など様々な現場やご家庭で、遊具や絵本を用いて子どもの成長を促してくれることを期待しています。
参考文献
ハームス,T他(著);埋橋玲子(訳)(2016)『新・保育環境評価スケール①(3歳以上)』,(2018)『新・保育環境評価スケール②(0・1・2歳)』,(2018)『新・保育環境評価スケール③(考える力)』,法律文化社
杉上佐智枝(著)(2020)『絵本専門士アナウンサーが教える心をはぐくむ読み聞かせ』,小学館
児玉ひろ美(著)(2016)『よくわかる!絵本の選び方・読み方 0~5歳 子どもを育てる「読み聞かせ」実践ガイド』,小学館
絵本と読み聞かせの情報誌『この本読んで!』(季刊誌),メディアパル
宮里曉美(編)(2020)『触れて感じて人とかかわる 思いをつなぐ 保育の環境構成 0・1歳児クラス編』,中央法規出版

本学は、東生駒キャンパスと学園前キャンパスにおいて、6学部、7学科を有しています。学長エッセイでは、これらの学科での特色や教育内容を、学生の皆さんが見ることのできる文化財や書物、遊具や食器など形のあるモノを中心に見てきました。

学科紹介の最後は、本学でもっとも規模の大きな学部である経済経営学部経済経営学科を取り上げます。今回の専門アドバイザーは、情報ネットワークがご専門の日置慎治教授(経済経営学部長:2021年現在)です。 

本学部は、帝塚山大学が共学となった1987(昭和62)年に開設された経済学部が母体です。筆者(蓮花)が着任した年でもあり、当時の学生たちとも一緒に昼食をとるなど、仲良く過ごさせて頂きました。楽しく、また懐かしい思い出です。 

当時の経済学部では、情報化社会の到来を視野に入れ、全国の大学に先駆けて、大学教育のIT化を推進して、インターネットの活用も含む情報教育を実施しました。ITとはInformation Technologyの略で「情報技術」を意味します。コンピュータ利用を促進するため、情報教育センターを発足し、当時文科系大学には珍しい高性能のワークステーションを導入し、コンピュータを利用した経済学の学びや経済学に関する大規模計算等に活用されました。 

図1は当時のコンピュータルーム(図1上)と授業風景の様子(図1下)です。図2上が管理計算室の写真です。その奥の部屋に記憶媒体としての磁気テープリーダー(読み取り機)(図2下)が見えます。ユーザーが利用するコンピュータの外部用記憶媒体は、当時の磁気テープからフロッピーディスク(8インチ→5インチ→3.5インチ)へと移り変わり、その後も、光磁気ディスク(MO)、光ディスク(CD,DVD)、ブルーレイディスク(BD)などが誕生し、近年にはUSBメモリやポータブルハードディスク(HDD)が主流となり、最近はハードに依存しないクラウドストレージも急増しています(2021年時点)。時代の変化の早さに驚かされますが、これからも変化がさらに加速されていくでしょう。 

今や、経済活動や経営判断において、ビッグデータを有効に活用することの必要性が声高に叫ばれるようになりましたが、以前は経済や経営とコンピュータやデータは今ほど密接に関係するとは考えられていませんでした。経済学部を1987年に設置して共学化した当時の大きな構想として、経済学にコンピュータを活用するという次のような理念を見ることができます。 

経済学部が発足 -「国際化」と「情報化」の進展が著しいこれからの社会で経済活動を行う者には、コンピュータを駆使し、外国語や外国事情に精通した人材が必要となる。」(『帝塚山学園七十年史』, 2012 

1997(平成9)年には、経済学部の教員と情報教育センター(現在の情報教育研究センター)が共同で本学独自のeラーニングシステムTIESTezukayama Internet Educational Service)を発足させました(図3)。これは教育分野にITを有効に活用する事例であり、日本の中でも草分け的な位置づけとして認識されています。TIESは他大学を巻き込みコンソーシアムを形成するなど、帝塚山大学が日本のeラーニングを牽引して来ました。TIESを活用した教育研究の取組みは、文部科学省のサイバーキャンパス整備事業、特色GP、教育GP、戦略的大学連携などに採択されるとともに、私立大学の多くが加盟する私立大学情報教育協会(私情協)においてICT分野で先進的な5大学の1つにも選ばれるなど、客観的に高い評価も獲得しました。 

やがて時代と共に、ITICT 教育へと変遷していきます。ICTInformation and Communication Technology)とは、「情報通信技術」を意味しており、教育現場において情報通信技術を活用した取り組みがICT教育です。

ICT教育の取組の一つとして、帝塚山大学では、授業科目として「ネットワーク特別演習」を開講し、シスコシステムズ(株)が社会貢献事業として提供する、学校向けネットワーク技術者育成教育プログラム「シスコ・ネットワーキングアカデミー・プログラム」を導入しました。このネットワーキングアカデミーには、シスコ技術者認定資格レベルに合わせたCCNAコースやCCNPコースなどがあり、世界では152カ国1万校以上、日本国内でも多くの大学等で開講されています。本学のような文科系大学でネットワーク講座を開くということ、また本学が主催で「ネットワークコンテスト“Network Skills Competition”」を開催する(第1回は2008年秋に開催)ということで、当時、有名となりました。筆者(蓮花)のゼミ生も心理学科でしたがこの講座を受講し、CCNAはおろか、プロフェッショナル資格であるCCNP資格を取得して驚いたことがあります。その彼は、大学院に進学後、資格を活かして就職し、元気に活躍しています。 

帝塚山大学のeラーニングシステムTIESは現在のTALESTezukayama Active Learning Education Square)に進化しています。昨年度(2020年度)の新型コロナウイルス感染症蔓延によるオンライン授業への移行の際に、本学が迅速に対応できたのは、これまで述べたような長きにわたるIT教育・ICT教育の歴史があったからだと考えています。 

現在の情報教育研究センターの講義室や自習室には、本学がこれまで歩んできたICT教育の成果が詰め込まれていますので、学生の皆さんには存分に活用して頂きたいと思っています。その一端をご紹介します。図4上は96人が利用できる大講義室(東生駒キャンパス)で、図4下が同じく96人用の大講義室(学園前キャンパス)です。こちらは2つの中講義室に分けることもできます。図5上は自習室(東生駒キャンパス)です。図6はグループワーク用に活用できるノートPCのチェックイン端末連動式ロッカーです。ノートPCは学生に貸し出されて活用できます。

データサイエンス教育の一つとして、統計手法の習得が挙げられますが、本学では20年以上前から、SPSSという社会統計パッケージソフトのLAN対応バージョンのライセンスを購入して、統計法の授業や演習・卒業研究等で用いています。LAN対応ということは、キャンパス内であれば場所を問わず、本学の1千台以上のどのコンピュータからでも、SPSSソフトを用いてデータ分析ができることを意味しています。

本年(2021年)、経済経営学部では、データサイエンス関連科目を取得した学生を認定するDSBコース(ビジネスのためのデータサイエンス基礎コース)をスタートさせましたが、こうした流れは30年以上前から始まっていたと言えるでしょう。残念ながら現代の日本社会においては、政治や会社のトップ層の一部が、ICTやデータサイエンスの重要性を認識していないのではないかという雰囲気を感じます。しかし、最近では、データサイエンス教育の関心が急速に立ち上がっています。世界に比べて遅れていると言われる日本の現状を打ち破って、文科系学部の多い本学でも、これまでの長いICT教育の歴史に立脚して、データサイエンス教育を進めていこうと考えています。

1987年の経済学部の発足から現在の経済経営学部に至るまで、学部教育とコンピュータとの長くて密接な関係を、学生の皆さんにも理解していただき、経済経営学部が突破口となって、本学の学生の皆さんが、情報通信技術やデータサイエンスを熱心に学び、社会に羽ばたいて頂くことを願っています。

参考文献 
      中嶋航一『TIESの挑戦:教育の公開とeラーニングの活用』,メディア教育研究, Vol.2, No.1, 43-54, 2005
        http://www.code.ouj.ac.jp/media/pdf2-1-3/No.3-05tokusyuu04.pdf   
    ・  上藤一郎 『絵と図でわかるデータサイエンス』(技術評論社,2021
    ・  久野遼平 『大学4年間のデータサイエンスが10時間でざっと学べる』(KADOKAWA, 2021) 
    ・  佐藤洋行 『AI時代の意思決定とデータサイエンス』(多摩大学出版会,2019
    ・  竹村彰通 岩波新書『データサイエンス入門』(岩波書店, 2018
    ・上藤一郎他 『データサイエンス入門:Excelで学ぶ統計データの見方・使い方・集め方』(オーム社, 2018

 

 

図1 経済学部設置当時の情報教育センター(上:第一コンピュータルーム;    下:授業風景)

図2 当時の情報教育センターの管理計算室(上)と 運用されていた磁気テープリーダー(下)(1987年頃)

図3 帝塚山大学のTIESの導入場面(2008年)

図4 現在のコンピュータ講義室(東生駒キャンパス・上)(2019年撮影)と (学園前キャンパス・下)(2021年撮影)

図5 情報教育研究センターの自習室(東生駒キャンパス)(2019年撮影)

図6 ノートPCのチェックイン端末連動式ロッカー(東生駒キャンパス)(2021年撮影)