学長、帝塚山大学

2021年5月20日

第2回 品格のあるキャンパス ~学園前キャンパス、「ハトの広場」

学園前キャンパスは近鉄学園前駅に隣接していて、通学に便利なのが特徴です。また、帝塚山学園の幼稚園から中学・高等学校までの学舎が、大学と同じ敷地内にあることで、園児や児童、生徒達のにぎやかな声が終日聞こえてきます。

帝塚山学園は1941年(昭和16年)4月に奈良の地に男子中学校を創設しました。1942年(昭和17年)1月に校舎が完成し、3月に学園前駅が開業するまで、生徒たちは当初あやめ池の仮校舎で学び、その後は菖蒲(あやめ)池駅から徒歩で通学するなど苦労したようです。時代も移り、現在の学園前駅周辺は都市型のターミナルに変貌しています。これは、日本の高度成長期から今日まで、近鉄がこの「学園前」の地を宅地として整備してきた成果でもあります。

学園前駅南口からデッキを渡ると、学園の正門があります。そして、守衛室に向かって右に通路を進み、突き当たりの階段を上ると、「ハトの広場」があります(図1)。「ハトの広場」の名称は、1980年(昭和55年)の竣工時の公募(図2)で、広場左側の中学・高等学校の校舎(学園前4号館)の壁面に広がるハトの彫刻(図3)から名付けられたものです。帝塚山中高の生徒達には、いろいろな都市伝説が伝わっているこのハトの彫刻ですが、どのようにして生まれたのでしょうか。

この彫刻は、彫刻家として二科展などで活躍されている小田信夫氏によって、1980年(昭和55年)に制作され、「夢一題」と名付けられました。帝塚山学園40周年記念事業で学園前4号館が建設された際に設置されました。調べてみると、同氏の作品は、東生駒5号館1階ロビー「翔」(図4)や幼稚園(「智・徳・体」)、中高の学舎(「飛躍」)にも設置されています。

このハトの彫刻が存在するだけで、コンクリートの建物に囲まれた広場に躍動感が生まれてきます。学生の皆さんも、ハトの広場で彫刻の世界を味わうと同時に、キャンパスライフを大いに楽しんで下さい。

 

【参考文献】

『帝塚山学園七十年史』

『近畿日本鉄道100年のあゆみ』

帝塚山学園新聞第82号

 

 

 

図1 ハトの広場 (2021年/令和3年 撮影)

図2 「ハトの広場」の命名に関する学園新聞第82号の記事(1980年/昭和55年)

図3 「夢一題」(小田信夫,1980年/昭和55年)(2021年/令和3年 撮影)

図4 「翔」(小田信夫作,1987年/昭和62年)(2021年/令和3年 撮影)