教員紹介データベース


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 基本情報


氏名 渡辺 康代
氏名(カナ) ワタナベ ヤスヨ
氏名(英字) WATANABE YASUYO
学部・学科 文学部日本文化学科・現代生活学部
職名 非常勤講師
出身学校・専攻 日本女子大学文学部史学科
出身大学院・研究科 筑波大学大学院歴史・人類学研究科(博士課程一貫)史学専攻歴史地理学コース
学位・資格 博士(文学)
本学での担当科目 歴史地理、人文地理、日本地誌、世界地誌、地理学実習、文化環境論、地域文化論
研究内容 江戸時代を中心に、近世城下町住民の生業(暮らし)の実態や、都市-村落関係の実態について、「祭礼」に着目・分析しながら研究しています。
シラバス(URL) https://csweb.tezukayama-u.ac.jp/syllabus/campus?func=function.syllabus.ex.search&nendo=2017&k_cd=948403
ひとことメッセージ 地図や絵図から、人間の智恵と努力の跡を、一緒に解いていきましょう。

 研究キーワード

研究キーワード
都市・村落関係 祭礼  生業 城下町

 研究分野

研究分野
人文地理学

 著書

タイトル 著者 出版社 出版年月 担当区分 担当範囲 概要
『近世武士の生活と意識「添田儀左衛門日記」―天和期の江戸と弘前―』 代表者:浪川健治。浪川健治・山澤 学・阿部綾子・渡辺康代 岩田書院 20041000 共著 「第一部 研究編」、「近世前・中期の弘前八幡宮祭礼にみる弘前町人町の特質」85-117頁を分担。 陸奥国弘前城下町における鎮守社祭礼の開始の経緯とその全盛期を明らかにした。弘前城下町の鎮守・弘前八幡宮の祭礼は天和2年(1682)、藩主津軽信政によって開始され、その内容としては町印(出し)を先頭に町人による行列が練られていた。開始以来、一番の本町・親方町の町印が「諌鼓」であったのは、江戸の山王祭に倣ったものと判断される。しかしながら、近世中期以降になると弘前八幡宮祭礼は簡素化・形骸化していき、一方で弘前城下町では「ねふた」(ねむり流し)の実施が顕著になっていった。
『景観形成と歴史地理学―関東縁辺の地域特性―』 代表者:石井英也。石井英也・椿 真智子・満田宏子・幸田一男・中嶋規夫・岡村 治・川崎俊郎・六本木健志・新井敦史・河野敬一・田中達也・山澤 学・原田洋一郎・平野哲也・三木一彦・清水克志・舩杉力修・渡辺康代・加藤晴美・阿部綾子・山下琢巳・湯澤規子・山下須美礼・双木俊介・清水ゆかり 二宮書店 200803 共著 「Ⅳ 銚子」、「港町銚子の機能とその変容過程―とくに興野地区の特徴形成と他国出身者の役割に着目して―」、149-172頁を分担。 銚子の興野(荒野)地区は、延宝3年(1675)頃に町立てされた新開地であり、比較的大きな土地区画を温存させてきた。このような地理的条件上に、ヤマサ醤油の広屋(濱口)儀兵衛など他国商人らの闊達な経済活動があり、今日における興野地区の大型商業施設を有する商業地域としての特徴が形成されていたことを明らかにした。

 論文

タイトル 著者 単著・共著の別 発行雑誌 発行所 開始ページ 終了ページ 出版年月 掲載種別 概要
常陸太田市における商業地域構造の変容 川瀬正樹・村山祐司・藤永 豪・渡辺康代・岩間信之・兼子 純・鄭 美愛・田中耕市 共著 『筑波大学地球科学系人文地理学研究グループ地域調査報告書』 筑波大学地球科学系人文地理学研究グループ
第20号 1頁 42頁 199803 研究論文 近世末期から現代にかけての茨城県常陸太田市における商業の変遷を明らかにした。この中で、近世末期〜大正期における常陸太田の町場の商業構成を明らかにした。当該期に、煙草荷を持ち込む在郷の人々を泊める商人宿を営んでいた方への現地での聞き取り等により、煙草荷の集散地としての常陸太田の商業機能を示した。
港町銚子の機能とその変容―荒野地区を中心として― 舩杉力修・渡辺康代 共著 『筑波大学歴史・人類学系歴史地理学研究室歴史地理学調査報告』 筑波大学歴史・人類学系歴史地理学研究室 第8号 1頁 31頁 199803 研究論文 銚子の荒野地区が18世紀以降、半農半漁村から商業地としての性格を強めていったことを明らかにした。広屋(濱口)儀兵衛が紀州広村から銚子に来住し、元禄13年(1700)、荒野において後のヤマサとなる醤油店を開いたのはその好例である。紀州移民が来住した際に、土地を提供したのが「十軒党」と称する荒野村の草分けの家々であった。利根川に面した「納屋場」付近に十軒党の元来の在所を見いだすことができ、荒野は従前より半農半漁を生業としていた村であったと判断される。
近世城下町における祭礼形態の変容―下野国那須郡烏山を事例として― 渡辺康代 単著 『地理学評論』 日本地理学会 72巻 7号 423頁 443頁 199907 研究論文 下野国烏山城下町の鎮守社祭礼を事例に、中近世移行期から18世紀半ばにおける関東の一城下町の祭礼内容の推移を通時的に検討し、城下町祭礼の内容それ自体が変化していたことを明らかにした。烏山城下町の鎮守・牛頭天王社の戦国期から約200年間にわたる祭礼記録である『赤坂町祭礼記録』を用いて、祭礼内容と、それがおこなわれた場所の変化を明らかにした。
野尻・小船木集落の景観及び機能的特徴―近世における河岸を中心として― 渡辺康代 単著 『筑波大学歴史・人類学系歴史地理学研究室歴史地理学調査報告』 筑波大学歴史・人類学系歴史地理学研究室 第9号 33頁 51頁 200003 研究論文 野尻河岸の問屋を務めていた滑川家文書を用いて、利根川下流域の野尻・小船木の両河岸における河岸場の成立期を明らかにした。近世中期の野尻・小船木の両河岸の規模や機能には大きな相違があった。小船木は、その下海は野尻・高田の河岸問屋等が権利を有する網代場であり、野尻・高田と比して河岸景観やその機能の充実において後発であった。そのなかで、小船木河岸が野尻・高田と並立するほどの機能的拡充を遂げたのは、近世中期以降の「新荷口」、すなわち干鰯・〆粕などの魚肥荷物の増大と無関係ではなかった。
宇都宮明神の『付祭り』にみる宇都宮町人町の変容 渡辺康代 単著 『歴史地理学』 歴史地理学会 第44巻 2号 25頁 44頁 200203 研究論文 下野国宇都宮城下町における近世期の祭礼内容の変遷を明らかにした。宇都宮明神祭礼は、寛文13年(1673)に、「町」を単位に隔年実施で再開されていた。「出し」や「唐人から子」「ほろ武者」などの仮装行列、人形屋台など、宇都宮明神の祭礼内容には、江戸の祭礼の影響が見出せる。近世末期には江戸より芝居一座を雇った芝居屋台の興行が祭礼において人気を博した。また、近世末期までの「出し」や行列の継続は、江戸の祭礼内容との共通点であり、下野国烏山城下町におけるそれとの相違点であった。
近世城下町桑名における祭礼の変容―住民の生活文化としての祭礼へ― 渡辺康代 単著 『歴史地理学』 歴史地理学会 第48巻 4号 1頁 18頁 200609 研究論文 伊勢国桑名の町の鎮守・春日神社祭礼にみる中近世移行期から近世末期までの祭礼内容とその参加者の変化を明らかにした。中世の港町桑名においては、16世紀末期には北市場と南市場という2輛の山車が曳かれる「御車(みくるま)祭」が「氏人」(近世の町年寄衆)の参加によりおこなわれていた。17世紀末期には桑名城下町町人が参加した仮装行列を内容とする「比与利祭」がおこなわれており、さらに18世紀半ばからは、城下町外町の町人まで参加し、祭車を囃す「石取神事」が桑名の春日神社最大の祭礼となっていた。
伊賀上野城下町の生業と地域間関係に関する一考察―宝暦元〜2年『天満宮八百五十歳祭事記録』の分析を通して― 渡辺康代 単著 『三重県史研究』 三重県 第23号 49頁 70頁 200803 研究論文 『天満宮八百五十歳祭事記録』は、伊賀上野城下町における鎮守・上野天満宮の宝暦2年(1752)におこなわれた祭事への寄進記録である。伊賀国内の大庄屋や郷中よりの顕著な寄進から、上野城下町町人が取り結んでいた人間関係や地域間関係を考察し、そこから農工商が分かちがたく結びついていた伊賀上野城下町の生業形態を見出した。また、藤堂藩の武家、三都で活躍した三井などの伊勢商人からも寄進が送られており、上野天満宮の祭事には藩の関与が大きかったことを明らかにした。
渡辺理絵著『近世武家地の住民と屋敷管理』(大阪大学出版会2008年1月刊) 渡辺康代 単著 『歴史地理学』 歴史地理学会 第50巻 第5号 48頁 51頁 200812 書評,文献紹介等
近世山村の生業展開と平家落人伝承―伊勢国安濃郡河内村を事例に― 渡辺康代 単著 帝塚山大学人文学部紀要 帝塚山大学人文学部 第27号 23頁 41頁 201003 研究論文 藤堂藩の一山村における生業の転換期と由緒語りの時期とが符合していたことを明らかにした。享保5年(1720)に落合仁左衛門が平維盛の子孫との由緒で、藤堂藩より河内村の無足人、すなわち武家に準ずる身分を認められていた。当村の生業には、薪炭生産をはじめ、18世紀初期には藤堂藩が奨励した茶・漆などの商品作物の植栽もみられた。河内村における平家落人伝承の発信は、寛政期(1789〜1800)に顕著にみられたが、当該期は河内村における藤堂藩の新御林化の時期と符合していたことが明らかとなった。
近世城下町成立期における城下町祭礼の特徴 渡辺康代 単著 『帝塚山大学人文学部紀要』 帝塚山大学人文学部 第28号 41頁 70頁 201011 研究論文 本論文では、研究蓄積の少ない、中近世移行期における城下町の祭礼内容を、伊賀国上野・下野国烏山・武蔵国川越・土佐国高知など各地方城下町を事例として、諸史料に基づき明らかにした。その結果、17世紀初頭の城下町においては、獅子舞や踊りなど、周辺の在郷や在町における祭礼内容と共通するものがおこなわれ、当該期の城下町町人が出身地の在郷や在町に帰郷し、その祭礼に参加する傾向を見出した。
中近世移行期における伊賀国上野城下町の住民構成と祭礼内容 渡辺康代 単著 『帝塚山大学人文学部紀要』 帝塚山大学人文学部 第30号 37頁 59頁 201111 研究論文 伊賀市長田の『西蓮寺過去帳』を用いて、中近世移行期において伊賀郷士が武家ないしは町人として上野城下町へ来住していたことを解明した。当該期の上野城下町における祭礼内容には、在郷におけるそれとも共通した、能などの舞台芸能と、雨請踊りなどがみられた。これらの祭礼内容は城下町町人および在郷の人々の参加のうえに成り立っており、当該期においては、「町」毎に城下町町人が参加するという祭礼組織が、未だ確立されていなかったことが明らかとなり、従来の町立てをもって近世城下町の形成期を捉える見方に新たな知見を加えた。
中近世移行期における下野国烏山城下町の住民構成と祭礼内容 渡辺康代 単著 『帝塚山大学人文学部紀要』 帝塚山大学人文学部 第32号 27頁 50頁 201211 研究論文 中近世移行期における烏山城下町の祭礼内容が舞台芸能であったことを明らかにし、その実態が未解明であった戦国期城下町の祭礼内容を示した。当該期の烏山における天王祭礼の内容は、操り・相撲・神楽・獅子・嶋原などが、天王社前において毎年披露されており、武家・町年寄衆・神主の桟敷が掛かっていた。当該期における祭礼の企画・参加者は、町年寄衆など、武家の系譜を引く町人であり、旧武家層が当時の烏山城下町の中枢にあった。当該期の祭礼内容の一つである「獅子」は、東国の武家が重んじていた芸能であったことを解明した。
17世紀中後期における下野国烏山城下町の住民構成と祭礼内容の変化 渡辺康代 単著 『帝塚山大学人文学部紀要』 帝塚山大学人文学部 第34号 29頁 65頁 201311 研究論文 烏山城下町における17世紀後期の仮装行列から屋台への祭礼内容の変化が、江戸商人の来住などの構成住民の変化と連動していたことを明らかにした。17世紀半ばの祭礼内容には、町の標章である「出し」と仮装行列が見られ、これらは江戸の山王祭などと共通するものであった。17世紀後期より烏山では「芝居屋台」の採択、それへの一本化が進み、一方、江戸商人の来住・来訪が相次ぐなど、町の構成員にも変化が現れていた。17世紀後期という早い段階での「芝居屋台」採択の背景に、紙・煙草などの商品作物の集散地であった烏山への、江戸などの他国商人の来住・来訪があったことが明らかとなった。
近世城下町における祭礼の変化に関する歴史地理学研究―伊賀国上野および下野国烏山を事例として― 渡辺康代 単著 2014年度筑波大学博士(文学)学位請求論文 1頁 245頁 201412 研究論文 中近世移行期から近世末期までの城下町における祭礼内容とその担い手の変化を、町人層の変化の緩急が対照的な伊賀国上野と下野国烏山の2事例を選択し、通時的に検討・究明した。両城下町において、中近世移行期よりの「舞台芸能」「踊り」から、第1回目の画期である「仮装行列」型の祭礼内容が出現した17世紀半ばは、藩主導による近世城下町における町人町の確立期を示していた。第2回目の画期である「車」の付加という祭礼内容の変化は、城下町町人による意思決定を反映したもので、両城下町における町人層の変化の大きさに応じて、地域的差異をもって出現していた。
近世城下町における祭礼の変化に関する歴史地理学的研究―伊賀国上野および下野国烏山を事例として― 渡辺康代 単著 『人文地理』 人文地理学会 第67巻 第1号 92頁 93頁 201502 研究発表要旨(全国大会,その他学術会議)
近世城下町における祭礼の変化に関する歴史地理学研究―伊賀国上野および下野国烏山を事例として― 渡辺康代 単著 『地理学評論』 日本地理学会 第88巻 第4号 414頁 414頁 201507 研究発表要旨(全国大会,その他学術会議)
本多健一著『中近世京都の祭礼と空間構造―御霊祭・今宮祭・六斎念仏―』(吉川弘文館、平成25年10月刊) 渡辺康代 単著 『史林』 史学研究会 第98巻 1号 242頁 248頁 201501 書評,文献紹介等
本多健一著『京都の神社と祭り―千年都市における歴史と空間』(中央公論新社、中公新書2345、平成27年10月刊) 渡辺康代 単著 『歴史地理学』 歴史地理学会 第58巻 第2号 45頁 49頁 201603 書評,文献紹介等

 講演・口頭発表等

タイトル 講演者 単著・共著の別 会議名 開催年月日 主催者 開催地 概要
近世城下町における祭礼形態の変化 渡辺康代 単著 歴史地理学会大会 19980600 歴史地理学会 東京学芸大学
茨城・栃木県境地域の村芝居興行にみる地域間関係―明治期を中心に― 渡辺康代 単著 人文地理学会大会 20011100 人文地理学会 神戸大学
近世桑名における祭礼の史的展開―『桑名日記』を中心に― 渡辺康代 単著 人文地理学会特別例会 20040600 人文地理学会 アスト津ホール
伊賀上野城下町の生業展開と地域間関係 渡辺康代 単著 奈良地理学会夏期例会 20090700 奈良地理学会 奈良文化会館
伊賀上野城下町のその後―明治35年の上野天神千年祭からみた上野町の生業と地域間関係― 渡辺康代 単著 歴史地理学会大会 20100500 歴史地理学会 高崎経済大学
近世今井町を支えた住民と地域
渡辺康代 単著 帝塚山大学・帝塚山大学奈良学総合文化研究所公開講座 20111112 帝塚山大学奈良学総合文化研究所 帝塚山大学
近世城下町における祭礼の変化に関する歴史地理学的研究―伊賀国上野および下野国烏山を事例として― 渡辺康代 単著 人文地理学会第136回歴史地理研究部会 20141025 人文地理学会歴史地理研究部会 やまと会議室

 所属学協会

所属学協会名 年月(自) 年月(至) 年月(至)区分 職名
歴史地理学会 19960000 現在に至る
人文地理学会 19980000 現在に至る
日本地理学会 19980000 現在に至る
奈良地理学会 20090000 現在に至る
地理空間学会 20090000 現在に至る

 研究に関連する学内外社会活動

活動年月(自) 活動年月(至) 活動年月(至)区分 内容 分類
201504 現在に至る 香川県文化財保護審議会委員
20170929 20170929 香川県指定文化財の指定に係る調査指導等(香川県三豊市詫間町香田、香田のオトグイの調査指導)

 競争的資金等の研究課題

提供機関 研究種目 タイトル 採択開始 採択終了 代表者 研究課題 代表者・分担者の別
福武学術文化振興財団
2009 2009 山田雄司 崇徳院怨霊の地域的展開 分担者

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