教員紹介データベース


一覧へ戻る

 基本情報


氏名 中島 一裕
氏名(カナ) ナカジマ カズヒロ
氏名(英字) NAKAJIMA KAZUHIRO
学部・学科 文学部日本文化学科
職名 教授
出身学校・専攻 大阪教育大学 教育学部 卒業
出身大学院・研究科 大阪教育大学 大学院 修士課程教育学研究科国語教育専攻修了
学位・資格 教育学修士
本学での担当科目 日本語表現論
研究内容 【日本語学(文法論・表現論)】
ことばは、成立した当初から柔軟で完璧なシステムを持っています。ことばによって、人間は人間らしくなり、文化の伝統を築いてきました。ことばはもっとも身近な存在でありながら、いくら調べても汲みつくせない魅力をもっています。
シラバス(URL) https://csweb.tezukayama-u.ac.jp/syllabus/campus?func=function.syllabus.ex.search&nendo=2017&k_cd=602809
ひとことメッセージ 日本語のしくみや表現を探求して、日本の文化に迫りましょう。

 著書

タイトル 著者 出版社 出版年月 担当区分 担当範囲 概要
奈良の文学―古代から現代まで 鈴木昭一、田中登、中島一裕(他11名) 和泉書院 19880700 共著 「谷崎潤一郎『吉野葛』の世界」183-194頁「三島由紀夫『豊饒の海』」213-226頁担当 万葉集以外に取り上げられることが少ない奈良の文学を主要作品を追うことで、通史的に考察し、奈良の風土と文学とのかかわりをとらえようとした。
表現学大系第27巻論説・評論の表現 教育出版センター 19901000 共著 第1章59-102頁担当 土部弘、中島一裕、小田迪夫(他2名) 論説文や評論文など、いわゆる論理的文章と呼ばれる文章作品における表現特性を追究し、文章表現のメカニズムのなかに位置づけるとともに、叙述―構成―主題をとらえる分析法を提唱した。中学校国語科の、いわゆる説明文教材を具体例としてあげながら、一文一文の叙述をふまえながら構成・主題(要旨)をとらえる読解過程を明らかにしようとした。また、中学校段階での説明文教材が備えるべき条件と説得力のある表現法について考察した上で、中学校における説明文教材の学習指導のあり方、および理解領域と関連領域の関連学習のあり方について考察し
文章読解表現スキルブック 土部弘(編集)、中島一裕(編集協力) 国語表現研究会 19920800 共著 国語科の読解学習・表現学習の過程と方法とをスキルブックの形でまとめた。例題には、小学校から高等学校までの国語科教科書教材、およびそれに準じる文章作品を用い、高校1、2年生程度の生徒が段階を追って国語科の各文章様式ごとのスキル(技能)に習熟できるテキストを目ざした。各例題に付した設問はすべてオリジナルで、設問に答えることでスキルを意識し、同一スキルを反復することで次第にスキルに習熟できるように工夫した。
言語表現学叢書(全3巻) 表現学会編 清文堂出版 201306 共編者 編集主幹として全巻の編集担当。第1巻および第3巻の「解説」を担当。 表現学会50周年記念出版として「言語表現学」に関わる主要論文のアンソロジーを編集した。編集主幹として全体の構想・編集に当たるとともに、第1巻第1部と第3巻第2部の「解説」を執筆した。

 論文

タイトル 著者 単著・共著の別 発行雑誌 発行所 開始ページ 終了ページ 出版年月 掲載種別 概要
いわゆる「一人称代名詞の二人称転換現象」について 共著 『表現研究』 表現学会 友定賢治、中島一裕(表現学会第13回全国大会、1976年5月口頭発表) 24号 19760900 「おのれ、われ、自分」など、従来二人称代名詞としても用いられるといわれる一人称代名詞について、そのような現象が起きる事由を、構文・表現面から考察し、このような転換は、種々の語がいったん反射指示の用法を獲得したのち、一人称、二人称の人称指示用法をもつようになるという経緯を立てた。またその考察の具体例への適用を行った。
誘導表現の表現論的・構文論的考察(修士論文) 単著 大阪教育大学大学院 19790300 誘導表現は、文中成分、文、連文の各段階において見ることが出来る。佐久間鼎は、構文段階の誘導成分について考察し、それは渡辺実に受け継がれた。その流れを更に発展させるべく、文、連文段階についても、誘導表現の対象を拡大し、構文論的な観点だけでなく、表現論的観点を導入することで、より適切な考察を試みた。
芥川龍之介『鼻』の主題―文学作品の主題認定をめぐって 単著 『青須我波良』 25号 19811100 一つの文章作品の成立は、その作品内部の意味的統一による。ことに文学作品においては、その構成―とくにプロット(結構)―が意味的統一を担っている。従来、多様な「主題」が認定されてきた芥川龍之介の「鼻」について、どのようなプロットづけがどのような主題認定につながるのかを考察し、あるべきプロットづけと主題認定との関連について考察した。
現代主題論の整理と展望 単著 『国語表現研究』 国語表現研究会 1号 19820300 文章表現のキーワードとして「主題」という語が用いられるが、その概念規定は、十分明示的ではない。「主題」の概念を明確にするべく、この語の現代における用法を整理するとともに、あるべき概念規定への道筋を展望した。国語科教育では、教材作品の読解において、つねに主題・要旨の把握が目ざされるが、各文章様式における主題・要旨のあり方とその認定法について検討した。特に文学的文章において、作者主題、作品主題、読者主題と呼ばれるものの関連性を検討するとともに、表象主題から概念主題におよぶ主題認定の過程について考察した。
日本語の受身表現の周辺 単著 『帝塚山叢記』 7号 19821000 受身表現(passivevoice)の意味は、それを取りまく能動表現(activevoice)や「やりもらい」表現などと機能分担している。その機能分担の具体相について考察し、あわせて受身態の内部分類のしかたについて考察した。
芥川龍之介『薮の中』の重層的構成 単著 『青須我波良』 (表現学会第19回全国大会、1982年5月「重層的構成と主題」の題目で口頭発表) 25号 19821100 「薮の中」は、従来重層的に構成された作品とされてはきたが、その重層性が作品の分析に十分結びつかないままに論じられてきた。本稿は、「薮の中」重層的構成の持つ意味を作品のテーマとの関係において明確にし、あわせて重層的構成を持つ作品の意味を考察した。
言語の階層と叙述の層序 単著 『青須我波良』 帝塚山短期大学日本文学会 26号 19830700 言語の質としての言語の階層性が生みだす文章、談話の様式差と、具体的な叙述の中にみられる層序性との関連を考え、文章の叙述分析の方法を提案した。あわせて、いわゆる論理的文章と文学的文章との叙述の詳細について分析した。国語科教育との関連においては、いわゆる論理的文章、文学的文章の様式差が生じる根拠を言語表現の階層性に求め、それが文章作品の叙述にどのように反映するのかを考察した上で、叙述の層と層との関連性をとらえながら文章理解を深めるための方途について考察した。
日本語表記法の一側面-縦書き右移りについて 単著 帝塚山叢記 9号 19841000 表記法は、つねにいくつかの可能性の中からの選択である。日本語を縦書きにする時、左から始めて右へ行を移してゆく表記法を「縦書き右移り」と名づけ、現行の表記法や横書きとの比較を行い、それぞれの長所、欠点について考察し、縦書き右移りの可能性を検討した。
「やりもらい」と「くれもらい」 単著 『青須我波良』 帝塚山短期大学日本文学会 28号  19841200 「やる」「くれる」「もらう」といったいわゆる授受動詞の用法をボイス体系への位置づけかたについて考察し、これらの三語が表現面で自他の区別と、そのかかわりあいに応じて、「やりもらい」、「くれもらい」とでもいうべき二系列を構成していることを論じた。
論説・評論の叙述層と文章構成 共著 『国語表現研究』 国語表現研究会 中島一裕、船所武志、田辺佳弘 2号 19850300 論理的文章と呼ばれる論説文、評論文において、叙述面の層序がどのように文章構成を支えているのかについて事例分析を行い、そこから、論理的文章における叙述層と文章構成との関連様式のモデルを提出しようと試みた。事例文として高等学校の国語科教材として用いられている文章作品を用い、国語科教育において論説文教材、評論文教材を用いる場合の指導過程を決定するための前提となる分析モデルの提示を試みた。
談話文法と文章構成 単著 『表現研究』 表現学会第22回全国大会のシンポジウム「〈談話の文法〉という観点がもたらすもの」、1985年5月でパネリストとして口頭発表 42号 19850900 最近盛んになりつつある「語用論」「談話文法」といった、文のレベルを超えた文法的考察が、文章レベルの分析、研究とどのようにかかわるべきかについて、ミクロ的レベルの観点、マクロ的レベルの観点からその有効性を考察し、研究方向を展望した。
受身表現の意味 単著 『青須我波良』  帝塚山短期大学日本文学会 30号 19851100 日本語のボイスについての考察を進める一環として、受身表現の構文的特徴と表現的意味との関連を考察した。特に、受身と使役との意味的関連、「動作受身」と「影響受身」の関連について考察した。
待遇性と待遇法―「あげる」とその背景 単著 『青須我波良』 帝塚山短期大学日本文学会 32号  19861200 「あげる」という語を焦点として聞手への待遇が語彙選択とどのようにかかわるかを考察し、「待遇」の問題が、「待遇性」と「待遇法」との二面の相関としてとらえられることを示した。あわせて、待遇法(敬語法)の体系化について素描した。国語科教育においては、「言語事項」に関わる現代語の敬語表現について、その分布と分析法の包括的なモデルを提出することを目ざした。
日韓語授受表現の対照研究 共著 『国語表現研究』 国語表現研究会 中島一裕、文燕友 3号  19861200 さきに「『やりもらい』と『くれもらい』」で示した観点に立って、日韓両国語における授受動詞の表現面の異同を、対照言語学的に考察した。その結果、韓国語には、日本語の「くれもらい」系列の語彙的対応はみられず、それが韓国人の日本語学習の困難さを引き起こしているという結論を得た。
日本語の基本的構造について(第2報) 単著 『帝塚山学園紀要』  2号 19870000 日本語の基本構造を表現面を中心にとらえる作業の一環として、文の構造と文の機能との関連をとらえようとした。そのような立場を、「表現文法」の立場と呼び、その表現文法の立場から、述定文の文末述語の叙述機能について考察した。
日本語の基本的構造について 単著 『帝塚山学園紀要』 1号 19870300 日本語の基本構造を表現面を中心にとらえる作業の一環として、ボイス(voice)について概観した。
谷崎潤一郎「幇間」の文章 単著 『青須我波良』 帝塚山短期大学日本文学会 40号  19901100 谷崎潤一郎の最初期作品について、その表現面の考察が、作品論、文体論の考察とどのようにかかわるかを考察した。その事例として最初期の作品中、論じられることの少ない小説「幇間」を取り上げ、これを谷崎の最初期のテーマを「語り」の文体で実践するための実験小説と位置づけた。
森有正の表現・序説 単著 『国語表現研究』 国語表現研究会 4号 19911200 森有正の渡仏後の思考の中で、表現の問題、言語の問題が大きな比重を占めるが、そのことの意味は、従来主題的に論じられることが少なかった。本稿は、森の後半生において表現の問題、言語の問題が占める位置について概観を試みた。
文章分析のための文類型について(1) 単著 『帝塚山短期大学紀要』 帝塚山短期大学 31号 19940300 文章作品をその主題、構成、叙述の関連をふまえて分析しようとするとき、一文一文の叙述がどのように意味を累積しながらより大きな単位にむかって展開していくかを緻密にとらえることが必要になる。そのためには、文章作品の分析を前提とした「文」のとらえかたについての見通しが必要だ。本稿は、文章分析のための文類型のありかたについて、従来「基本文型」と呼ばれてきたもののあり方について検討しながらその概要を素描した。このような「基本文型」のとらえ方の深化が国語科教育においては、「言語事項」のうちのことばのきまりの学習の充実に
長谷川四郎「少年」 の構造と読み―文章表現論的考察 単著 『青須我波良』 帝塚山短期大学日本文学会 48号 19941200 文章の理解・分析のための理論は、理論的整合性とともに実際の作品への応用妥当性が求められる。長谷川四郎の「少年」は、中学校の教科書教材に採用された作品であるが、複数の人物を中心とした場面構成と、次の場面への展開とが鮮やかな作品である。詳細な叙述の分析が作品の構成の把握につながり、さらに作品全体を統一する主題を深くとらえることにつながるという点で、各レベルの関連のとらえやすい作品であることを示した。そのことを通して、この作品を教材として用いる場合の「場面分け」のしかた、人物関係を中心とした場面の中心叙述の押さ
森有正の紀行的評論 単著 『表現学大系 各論編』  教育出版センター 28巻 19950200 森有正がフランスに定住しながら日本に向けて送りつづけたメッセージ(思索的エッセ)について、森の生き方との関連を考察した。森の渡仏後の文章は、体系的思弁から生じる疑問を根柢から解明しようとした、彼の生き方、生きる場所、思考法に根ざした表現であったと位置づけた。
文章分析のための文類型について(2) 単著 『帝塚山短期大学紀要』 帝塚山短期大学 32号 19950200 文章作品をその主題、構成、叙述の関連をふまえて分析しようとするとき、一文一文の叙述がどのように意味を累積しながらより大きな単位にむかって展開していくかを緻密にとらえることが必要になる。そのためには、文章作品の分析を前提とした「文」のとらえかたについての見通しが必要だ。本稿は、文章分析のための文類型のありかたもとづいて、その詳細を検討した。
谷崎潤一郎「少年」 単著 『青須我波良』 帝塚山短期大学日本文学会 50号 19951100 谷崎潤一郎の「少年」は、傑作が多い谷崎の初期作品のうちでもことに評価が高く、作者自身も自信を示している作品である。この作品が現代でも通常の近代口語文の作品として言語表現の面で違和感なく読める作品であるのはなぜかということ、一見無邪気な少年、少女の遊びを描きながら、この作品がどのような深みを表しているかについてことばの表現の面からアプローチしようとした。
言表と時間(上) 単著 『青須我波良』 帝塚山短期大学日本文学会 52号 19961200 時間にかかわる言語表現は、まず時間という実在があって、のちにそれを言語化しているのではない。もとより時間意識がどのようにして形成されるかということ自体、哲学上・心理学上の難問題であるが、そこに多少ともことばの表現・理解のプロセスがかかわっていることも事実であろう。ある点で、ことばが時間を生み出している、といえる面がある。本稿はこのような問題意識のもとに言語表現と時間とのかかわりを考察しようとした。
文章表現論における一課題――レトリックという考え方について 単著 『青須我波良』 帝塚山短期大学日本文学会 53号 19971200 レトリックというと、ともすると単なる技術的なものと考えられがちだが、それは本来言語表現にあとから適用される技巧的なものではないはずであって、その技術を生み出したり、生かしたりすること自体が言語的思考、言語的表現であるというべきものである。本稿は、このような考えのもとに、レトリックとか言語技術とかいわれるものが本来どのような形であるべきものなのかを探ろうとした。
主題の概念について 単著 『表現研究』 表現学会 70号 19991000 「主題」という語は、日常語でもあるが、言語表現の世界でも、文レベル、文章レベルで用いられ、その意味あいは多様である。本稿は、文章レベルにおいて、「主題」の概念と、「話題」「要旨」「趣意」などの近似の概念との関連について考察し、それぞれの既定のしかたについて考察したうえで、具体的な文章作品における主題の認定法について表象(的)主題から概念(的)主題の各段階にわたって考察した。それを通して国語科教育における教材作品の様々な主題認定の間の関連づけを図り、表象主題と概念主題との間の往復作業が文章作品の内容把握の深
言語と「遠近法」 単著 『青須我波良』 帝塚山短期大学日本文学会 55号 19991200 「遠近法」とは、本来、西洋絵画における描画法の一つである。しかし、絵画の世界を離れ、言語表現の世界でも、しばしばこの語が用いられる。本稿は、言語表現において「遠近」という距離的なとらえ方が、どんな必要から起こり、それが言語表現の意味形成の中でどのような意味を持っているのか、言語作品の分析や言語表現論の体系の中へ、「遠近法」をどのように位置づければよいのかについて考察した。
評釈の表現について 単著 『国語表現研究』 国語表現研究会 13号 20010800 言語表現の要素として「評釈」成分という単位をたてると、それは、語、句、文、連文の各段階にわたって存在し、言語作品を構成する重要な要素となっている。これらは、従来、誘導成分、陳述成分、主観副詞、説明部などの名で呼ばれてきたが、ことばの各段階にわたって存在するこの種の要素を「評釈成分(評釈表現)」として統一的に把握し、さらに、言語表現の各段階におけるこの種の要素のふるまいを個別的に記述・説明することが必要である。本稿は、以上の展望を示す、評釈表現研究のための序説である。

 講演・口頭発表等

タイトル 講演者 単著・共著の別 会議名 開催年月日 主催者 開催地 概要
〈共同研究発表〉一人称代名詞の二人称転換現象について 共著 表現学会第13回全国大会 19760500 広島大学 「おのれ、われ、自分」など、従来二人称代名詞としても用いられるといわれる一人称代名詞について、そのような現象が起きる事由を、構文・表現面から考察し、このような転換は、種々の語がいったん反射指示の用法を獲得したのち、一人称、二人称の人称指示用法をもつようになるという経緯を立てた。またその考察の具体例への適用を行った。友定賢治、中島一裕
誘導表現についての一考察― 国語表現研究会第3回研究発表会 19790300 誘導表現は、文中成分、文、連文の各段階において見ることが出来る。佐久間鼎は、構文段階の誘導成分について考察し、それは渡辺実に受け継がれた。その流れを更に発展させるべく、文、連文段階についても、誘導表現の対象を拡大し、構文論的な観点だけでなく表現論的観点を導入することで、より適切な考察を試みた。
現代主題論の展望 国語表現研究会第7回 19800800 文章表現のキーワードとして「主題」という語が用いられるが、その概念規定は、十分明示的ではない。「主題」の概念を明確にするべく、この語の現代における用法を整理するとともに、あるべき概念規定への道筋を展望した。
重層的構成と主題 表現学会第19回 19820500 文章構成法の種々相を検討する一環として、重層的な構成法をとる作品の特性について検討した。事例として、特に芥川龍之介の「薮の中」を取り上げ、重層的構成の持つ意味を作品のテーマとの関係においてとらえようとした。
談話文法の概念―その文章表現法とのかかわり 国語表現研究会第21回研究発表会 19850300 「語用論」「談話文法」といった文レベルを超えた文法的考察が、文章レベルの研究とどのようにかかわるかを展望した。文章研究の「主題―構成―叙述」のレベルの中で、叙述のレベルと構成のレベルとをつなぐものとして、談話文法という発想が意味を持つと展望した。
〈談話の文法〉という観点がもたらすもの 表現学会第22回全国大会 19850500 岐阜大学 最近盛んになりつつある「語用論」「談話文法」といった、文のレベルを超えた文法的考察の射程についてシンポジウムが持たれた。私は、談話文法が文章レベルの分析研究とどのようにかかわるべきかについて、ミクロ的レベルの観点、マクロ的レベルの観点からその有効性を考察し、研究方向を展望した。
表現文法の成立をめぐって(その1) 国語表現研究会第35回研究発表会 19891200 文章の表現、理解といった言語行動の中で文法をどのように位置づけるかについて、基礎的考察を行った。具体的な言語行動を基礎づけるような文法を表現文法と名づけ、その研究、開発の方法論を展望した。
表現文法の成立をめぐって(その2) 国語表現研究会第36回研究発表会 19900300 表現文法の構想に従って、文の構造と機能との関連性について考察した。具体的な叙述の中におかれた文を表現文と名づけ、表現文の叙述機能をとらえ、分類する道筋を示そうと試みた。
表現文の述語構成と機能 表現学会第27回 全国大会 19900600 広島大学 文章の叙述を基礎づける文法を構想し、文脈から自由なものとして考察される文法文に対して表現中におかれ文脈を構成するものとしての文を文法文と名づけ、文末の述語構成が表現文としての叙述機能とどのように関わるかを考察した。
叙述機能と叙述層 表現学会第28回 全国大会 19910600 龍谷大学 文章の叙述を表現文の叙述機能の分析によって位置づけるために、文が叙述中で果たす役割を叙述機能と名づけ、どのような性質、機能の文がどのように重なることで叙述の層序を形成するかについて、具体例に即して考察した。
叙述層考察の問題点 国語表現研究会第43回研究発表会  19920800 大阪市立労働会館 文章作品をその主題―構成―叙述の関連を見通しながら把握しようとするとき、叙述の層序の把握が重要になるが、その叙述の層を分析把握する際に起こる問題にどのようなものがあるか、それをどう解釈し、どう克服するかについて考察した。
「説明の機能」〈文章作品中の説明の機能について〉 表現学会 第30回全国大会 19930600 県立島根女子短期大学 文章表現の把握の中で、「説明」という概念がしばしば登場する。その「説明」をどう把握し、理解すればよいのかについて、シンポジウムがもたれた。私は、文章中に見られる「説明部」の形態と機能とについて、文章表現論の立場から考察した。
言語と「遠近法」 国語表現研究会第68回研究発表会 20001200 ホテルアウィーナ大阪 言語表現に関して、また、言語作品について、その説明にしばしば「遠近法」という用語が用いられる。そこで、言語あるいは言語表現に関してなぜ遠近という距離的把握が行われるのか、それは言語の表現論的把握の中で、どんな位置を占めるのか、といった問題について考察した。
大阪弁小説における『ノダ文』の研究―谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のをんな』の場合― 国語表現研究会第78回研究発表会  20040800 帝塚山大学法政策部 いわゆる文法研究、構文研究の中で「ノダ文」の研究が盛んであるが、一連の連文、文章中での「ノダ文」の意味・機能については、未開拓な部分が多い。この発表では、関西弁による発話が多く含まれる谷崎潤一郎の『猫と庄造と二人のをんな』に含まれる「ノダ文」の形態と機能とを整理し、記述しようとした。
四天王寺はどう描かれてきたか 国語表現研究会第82回研究発表会 20051200 四天王寺国際仏教大学 四天王寺は、創建以来、多くの史書、文学、芸能に登場し、時代によって、信仰の形態によって多様な描き方がなされている。四天王寺に関わる表現の通史を試みることで、日本語の表現史の一つの試みを提出しようとした。
高等学校新文学教材の開発―南木佳士「水族館」について― 国語表現研究会第84回研究発表会 20060800 帝塚山大学大阪サテライトキャンパス 国語科教育は、教材の選択に大きなウエイトがあり、つねに児童生徒の実情に応じてその目標が達成できるような適切な教材を得るための努力が必要である。本発表は、南木佳士の「水族館」という作品の表現論的分析、大学生のこの作品に対する理解到達度を紹介しながら、高等学校文学教材としてのこの作品の適性について分析した。

一覧へ戻る