絵馬の歴史


絵馬の起源
水の神への捧げもの・馬
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 日本妖怪探訪ページでも記したように、妖怪という存在が記録や物語に登場し始めたのが平安時代でした。そしてこの平安時代には、人々の願いを託すものが登場してきます。そのひとつが絵馬です。

 「絵馬」といえば皆さんも新年の祈願や入試合格祈願などでおなじみのものですが、その歴史は七世紀・奈良時代にまでさかのぼるといわれています。古来、都を建立した際には、必ずその土地の守護神(国魂といいます)と、農耕や飲料水など生活や農業生産には欠かすことができない「河川の源泉」を尊び、水源には水神(水魂といいます)を祀るという習慣がありました。

 奈良に都が造営された際、土地を守る神社として大和神社を、そして「水」を守る、水魂を祀る神社として吉野川上流の丹生川の上流に丹生川上神社(にうかわかみじんじゃ)(上社)が建立され、大雨や干魃の際には丹生川上神社に祈願したとされています。

 このころは、「わが国は古来トヨアシハラミズホ國の名のように農業国で、水の神、川の神に雨を祈った。この場合に神馬(じんめ)を奉納して、特に効験を認められた。神馬を奉納するのは神の祟りを応和し、罪穢れをぬぐう為であるが、一般的に種々の祈願が多く、特にに顕著なのは雨の祈請であった」(『丹生川上神社の祈雨』より)と記されているように、驚くことに当時は絵の馬ではなく、本物の馬が奉納されていたのです。降雨祈願には黒毛馬、大雨を沈める祈願には白毛馬を神馬として奉納したという記録が残されています。

 なぜ献上されたのが馬かといえば、馬は神の乗り物であり、神霊は馬に乗って人間界に降臨すると信じられ、また後には馬自身が霊力を持つと解釈されていたからにほかなりません。現在でも京都の「葵祭り」では、お祭りを始めるにあたって、まずは神様をお迎えするために人の乗っていないをさしむける「御蔭祭(みかげまつり)」が行われているのもこうした理由からなのです。

 当時、こうした祈願は個人の「お願い」を神様に聞いていただくためのものではありませんでした。馬を献上するといった大がかりな祈願を個人が簡単にできるはずもなく、あくまで都の平安を願う、地域の平安を願う共同体の祈願が中心となっていました。ところが、平安時代に入り時代が安定期に入ると、徐々に絵馬を使って個人の願望を祈願するという風習が広がり始めていくことになります。

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