[183頁] 論  説

芸術文化の公的支援に関する理論的根拠について

 ―― 英国芸術評議会の問題点を通じて ――

                 中 川 幾 郎

 

     目   次

     一 はじめに

     二 ボウモル・ボウエンの公的支援論

     三 英国芸術評議会の問題点

     四 我が国の公共文化政策の一般的理念

     五 文化的に生きる権利の視点

     六 結び ― 市民的権利としての芸術文化行政へ

 

     一 はじめに        目次へ戻る

今日、政府・自治体の政策課題である「文化行政」とりわけ「芸術文化行政」が政策領域としての比重を増してきている。特に地方自治体は、国に比較して巨額な支出をしている。予算から見ると国の一九八八年度芸術文化振興関連予算は、六四億二、六〇〇万円(1)であり、都道府県、市町村の芸術文化振興関連予算は、一九八九年度実績ベ[184頁]ースで都道府県一、〇五〇億九、七〇〇万円、市町村二、九一四億六、三六〇万円である(2)。広義の文化振興予算ではなく、芸術文化振興に限定した地方自治体の予算・実績に関するデータとしては、年度ごとの単純比較ができないが、一九八八年度の文化庁予算と一九八九年度の地方自治体実績とを一応比較してみると、国に対して地方自治体は推定六一・七倍支出していることになる(3)

 さらに、国の芸術文化振興関連予算の伸びを見ると一九九五年度予算は、一五七億二、四〇〇万円であり、一九八八年度に比して約二・四四倍となっている(4)。地方の伸びはさほどではないと思われるが、やはり相応の伸びを示していると考えられる。これらの実態からみると、中央政府だけではなく地方自治体をも含めた公共セクターが「文化」や「芸術」に責務を有して、これを振興する根拠はどこにあるのか、これを明らかにする必要性が問われる。しかし行政の政策は先行して実態的に存在しているのに、その理論的精緻化は大きく遅れているというのが実状である。特に、芸術家や芸術団体への公的支援をめぐっては、政府側の理論的根拠は曖昧なままである。

 芸術文化に関する政府(国・地方自治体)の公的支援(助成・補助・保護)のありかたをめぐっては、ボウモル・ボウエンの『舞台芸術・芸術と経済のジレンマ』(原著一九六六、邦訳一九九二)が紹介されて以来、我が国でも次第に議論が深まるようになってきた。しかし行政の実態的、全体的な方向は依然として、芸術や文化はそれ自体が固有の価値と意義を持つという固有価値論(5)を、ア・プリオリな前提としたゆるやかな公的振興是認論の域にとどまっているように思える(6)

 一方で、政府直接の芸術振興事業、直接支援制度が、思想・表現の自由への介入の危険性をはらむことも芸術家や芸術団体から指摘されている(7)。これらの方向から、我が国においても、政府直接支援ではなく、政府から一定程度独立して芸術文化への振興・支援を行う制度、機関・組織の必要性が意識されるようになった。これは、国だ[185頁]けではなく、地方自治体においても同様の課題である。このような背景から、「英国芸術評議会」に対する関心が我が国においても高まってきたのである。

 だが、「英国芸術評議会」の実情もまた、問題の解決ではなく、むしろ問題の内包化を我々に提示しているように思える。ここでは、公共的な芸術文化支援の根拠について考え、最も標準的な「英国芸術評議会」が抱えている問題を通じて、その課題を明らかにするとともに、今後の方向性をさぐってみたい。

 

     二 ボウモル・ボウエンの公的支援論        目次へ戻る

 ボウモルとボウエンの『舞台芸術・芸術と経済のジレンマ』第一六章「公的支援の理論的根拠について」の冒頭には、こう書かれている。「舞台芸術がアメリカの文化に貢献し、それ自体が価値ある目的だという確信があれば、政府に代表される社会の責任は明確だと考える。議論は単純である。もし芸術が自分自身の失敗が原因でないのに公的支援がなければ生き残れないとしたら、必要な支援は行われるべきである(8)。」

 芸術文化支援もしくは公的責務としての芸術文化振興に関する論拠としては、この記述が最も有名で有力なものだろう。だが私たちは、ややもすると芸術文化の存在自体が自明のものであるように、文化行政の存在や公共の芸術行政の現状をもあまりにも自明のものとして無批判に眺めていないだろうか。また、芸術家や芸術団体も、芸術に対する公的支援あるいは公的な文化振興の必要性を説くにあたって、この論拠だけを金科玉条としたステレオタイプの合唱に終わっているのではないだろうか。

 第一六章は、芸術はそれ自体が価値ある目的だという「確信」を前提として書かれている。「とはいえ政府が芸術に一層の支援を行うべきだという確信は決して共通になっていない(9)」アメリカ社会の状況の中で、この「確信」[186頁]をいかに補強するかということがこの章の趣旨である。このアメリカを「日本」に置き換えて理解すれば、この文章は我が国にもそのままあてはまるだろう。アメリカでは、芸術に関しては公的支援よりも民間支援の比率が高く、公的支援が不足していると思われている日本と状況が似ており、かつまた芸術に対する公的支援についての認識が一般的に共通のものとなっていない現状も近似しているからナある。

 ボウモルとボウエンは、公的支援を弁護する論拠としての「芸術活動の本来の価値」をあげ、また公的支援に反対する古典的な議論である「芸術への支出よりも貧困対策や福祉への支出が優先する」といった、我が国でも阪神淡路大震災当時に横行した(また不況の現在にも横行している)議論や、政府支援がもっぱら民間資金を排除するといった議論を排斥している。また、公的支援が政府の公的統制を意味するという議論に対しても、実証的には根拠のない議論であるとしている(10)

 次に、芸術活動のような非営利活動に対する政府補助金を合理的に弁護することができる理由を三つあげている。それは、「機会の不平等の是正」「未成年者の教育」「公共財あるいは準公共財としての性格」である。公共財の定義に従えば、非競合性、非排除性を有するものが純粋公共財であるが、この性質のいずれかを満たさないもの、あるいは不完全なものを準(半)公共財と呼ぶ。その中でも、「混合財」は、それから得られる利益の一部が民間財のように分割可能であり、一部が公共財のように集合消費の性質があるものをいう(11)。特に舞台芸術については「混合サービス(財)」であり、市場メカニズムと公的供給のバランスを配慮すべきものである、と結論づけている。

 さらに、冒頭に掲げられた「芸術活動の本来の価値」に対応する内容ともいえる、芸術に由来する「一般的便益」を以下のように四つあげている(12)

[187頁]

 @ 舞台芸術が国家にもたらす威信

 A 文化活動が周辺のビジネスにもたらすメリット

 B 将来の世代への利益

 C 教育的貢献

 これらの論旨の一般的妥当性は承認できる。しかし、それはあくまでも理論的な「便益」として抽象化された価値テーゼであり、この価値を認識判別し、システムの中に位置付ける主体が必要となる。

 それもまた政府の仕事であるとするならば、芸術や文化に関わる政府職員は、孤独な開明君主か崇高な貴族精神の持ち主でなくてはならない。結局、この簡素な論理のままでは、文化行政や公共文化事業の現場では、担当者の哲学と資質を問うだけのことになる。「国家的威信」や「国民的アイデンティティ」の源としての芸術文化を主として意識しているだろう国はともかくとして、住民や芸術家と直接対面する自治体文化行政の現場では、冗談ではなく実に深刻な問題となる。いずれにせよ、やはり不十分でありこのままでは使えないのである。

 また、芸術は「より立派な市民」「より豊かな共同体」を作りだし、「共同体全体に普遍的な便益」をもたらす(13)。したがって芸術は公共財であり、政府の支出がなされるべきであるとするボウモル・ボウエンの簡潔な論理は、我が国では壁にぶつからざるをえない。それは、芸術を鑑賞理解し、批評し、支持・不支持を与える自立的な「市民」と「共同体」の性格的な相違に由来する。いやむしろ、実体的で手応えのある「市民」や「共同体」観念の未確立または不存在が壁となるのである。つまりこれは、政府か政府以外の誰がそれを「公共財」として認定し、誰がどのようなシステム(補助、免除、顕彰など)を通して公的介在と公的支援制度の中に位置付けるのか、という難問(アポリア)なのである。

[188頁]

     三 英国芸術評議会の問題点        目次へ戻る

 イギリスにおいては、芸術の公共財(あるいは準公共財)としての認定及び補助システムの主体として英国芸術評議会が存在する。英国芸術評議会(Arts Council of Great Britain, 以下ACGBと略)は、第二次大戦終了後の一九四六年八月に設立された。その前身は、戦時中の「音楽芸術奨励協議会(Committee for the Encouragement of Music and Arts、後にCouncil for the Encouragement of Music and Artsへ、以下CEMAと略)」である。

 CEMAは、国民に対する文化、芸術、娯楽の提供を目的として、大戦中に設立された組織であるが、イギリス政府の財政的な支持を受けるようになるのは、一九四一年以後のことであり、それまではアメリカのEdward Harknessの慈善から発足した「ピルグリム・トラスト」基金に依存していた民間団体である(14)。CEMAの活動が政府の公的支持を受けるようになる背景には、CEMAが提供した活動に対する国民の支持が、戦時下という特殊な状況ではあれ政府の予想を遙かに越えて広がった、ということがあげられる(15)

 イギリスは、カルヴィニズムやプロテスタンティズムの伝統が強く、質実剛健の民族精神を有しており、フランスやオーストリアのように王権と芸術が結びつく歴史はなかった。つまり、パトロネージの伝統が希薄なのである。さらに、自由放任(laissez-faire)主義と小さな政府をよしとする夜警国家主義の伝統は、経済活動のみならず芸術に関しても不干渉の立場をとることになる。これが二〇世紀前半まで引き継がれてきたが、戦時下における国民のCEMA提供芸術(コンサート、美術展、演劇など)への圧倒的な支持の広がりが、ついにCEMAへの政府助成に踏み切る契機となる。

 このCEMAが戦後にACGBへ改組され、初代議長にケインズが就任する。ケインズは、BBCを通じてイギ[189頁]リス国民にACGBの趣旨、性格をのべている。「芸術評議会は独立した常設の組織であり、役所的なものではない。資金は大蔵省が提供し、議会に対しても最終的に大蔵省が責任をもつ」「評議会は、イギリス国民の生活を社会主義化しようとするものではないこと」そして「芸術家の活動は、本来独立しており自由なものである。訓練や組織化、統制を強制されるものでもない(16)。」

 このように政府の全面的な財政支援と芸術家の活動への不介入を宣言して、ACGBは発足した。これは、自由権としての思想、表現の自由と、社会権の萌芽としての文化(芸術)的環境の保障の両立を宣言したともいえよう。そしてこの組織は、政府から一定の距離を置いた団体、いわゆる「アームス・レングス・ボディ」として発足する。準自治的・非政府団体とでもいうべき組織であり、このような団体は、通称'quango'(quasi-autonomous non govermental, 日本でいう公社・公団に相当)と呼ばれている(17)。その後、ACGBの組織と財政規模は拡大していく。

 一九九四年の分割までには、理事長を含めて理事二〇人、事務局は事務局長以下五〇〇人〜六〇〇人のスタッフで構成されている(18)。理事会のもとには、美術、演劇、音楽、文学などの分野別の、それぞれ二〇人程度で構成する諮問委員会や小委員会が設置されており、理事会に答申する(19)。評議会の構成員は、選挙で選ばれるのではなく、各種芸術文化団体などからの推薦によるメンバーでこれまで任命されてきた。その後、スコットランド、ウエールズなどの地方芸術評議会(ACGBの支部)も設立され、地方自治体と地元有志の出資によって設立された地方芸術協会(Regional Arts Association)とあわせて、地方の芸術支援政策を担う。この地方組織への補助金の増加によって、ACGBの財政規模も増大していく。(一九九四年、ACGBは北アイルランド、イングランド、スコットランド、ウエールズの四つに発展的に分割されるが、総体としての規模はやはり巨大であり、基本的な組織構造はそれぞれ継承されている。)

 結局、ケインズの宣言にもかかわらず、ACGBの官僚化や、助成に伴う反射的な創造行為への影響がやはり今[190頁]日指摘されている。創造活動の現場からは、ACGBがアームス・レングス・ボディではあっても、財政的には政府に依存していることから政治の影響をうけやすいことが指摘され、助成決定の理由が公開されないことに痛烈な疑問が提起されている(20)。また演劇関係者は、巨大な助成機関であるACGBの助成システムが依存を生み、演劇の創造そのものに大きな影響を及ぼすことを指摘している(21)

 日本におけるACGBの研究者である中山夏織も、「ACGBの歴史は、もとより芸術に対する公的助成の伝統のない国で、政治家でも官僚でもない人々が、文化政策と公共政策の間を揺れ動きながら、『政策』を実行する『管理者』としての自己正当性を主張してきた歴史である。政策が芸術を創造するのではない。…管理者の自己実現のために利用された芸術に、芸術としての価値が見いだせるのだろうか」(22)とのべている。

 ここで中山が指摘しているのは、文化政策の政府代行者に転化してしまったACGBの体質であり、政治から完全には独立しえない'quango'の限界である。ここでは文化政策が芸術振興を目的としながら、「公共の福祉」的視点からの行政主導的な「公共」的政策対応の限界をもつ。つまり、芸術を統制・管理する側面をもってしまうことや、個性的な芸術家や批評能力をもった観客の立場ではなく、定立されたモノサシとしての芸術至上(エクセレンス)主義の名において、予定された政策方針遂行の国家的「成果」ばかりが最重要視されることを指摘しているのである(23)

 ここには、むしろアームスレングスであるがために惹起するさまざまな問題点が隠れている。財政的な依存は、政治からの完全独立とはならず、政治への慮りや影響から無縁ではない。また評議会の構成員は選挙で選ばれず、各界からの推薦で選出される経過を連綿と引き継いでいるが、任期満了後のつぎの被選出者もまた現在の構成員の推薦で選出される結果、一種のギルド化した組織となっていく(24)

 さらに、芸術文化への支援とは、概ね事業支援であり、芸術の自由を犯さないためにという名目のもとに、芸術[191頁]家個人を支援しないという原則をもっている(25)。その一方で、劇場のお目付役ともいうべきアート・アドミニストレーターの雇用は重要視されているのである(26)

 芸術文化への公的支援システムが必要である、という認識と、芸術文化への支援には政府が介入してはならないとする認識の二つが、ACGBを成立させたはずである。にもかかわらずACGBは、一部芸術家とACGB自身が生み出した芸術官僚やアート・アドミニストレーターによるいわば専制(Depotism)の砦となっていくのである。

 この要因には、ACGBの運営、政策決定システムへの新規参入障壁が存在したこと、サッチャー時代の「芸術の産業化」路線(27)によるACGBの路線転換(28)など、さまざまに指摘されようが、基本的には芸術家・芸術団体との開放的な協議の不在、情報公開のなさがその主因である。ひいては、鑑賞者、市民の意見をとりいれる仕組みがあまり考慮されていない事も指摘できるだろう。我が国においては、これまでこの「芸術評議会」システムを評価する傾向が強かったが、イギリスの経過をよくよく吟味してかからなければならない。

 我が国には、かつてのACGBや今日の地方評議会ほどの規模と組織力のある芸術振興のためのアームス・レングス・ボディはない。だが、国、地方自治体の直接的な芸術振興予算が存在する一方で、国における芸術文化振興基金、地方自治体における公立文化振興財団や、行政の支援を受けている文化協会など、実質的にはこの「芸術評議会」に類似したシステムが多数存在する。イギリスの実情は、十分学ぶべきではなかろうか。

 

     四 我が国の公共文化行政の一般的理念        目次へ戻る

 再び我が国をふりかえってみよう。我が国の芸術・文化行政の理念の一般的水準を今一度確認していく必要性がある。文化庁の白書ともいうべき『我が国の文化と文化行政』(一九八八)にも、「文化振興の必要性」(第一章第一[192頁]節四)と題した節がある(29)。その内容を見ると、余暇時間の増大と高齢化社会の到来を背景にして「芸術の振興と文化的環境の整備」がますます必要になるとされ、経済面においても文化が重要な役割を果たしつつある、として「文化振興の必要性」が説かれている。この背景説明として、文化の大衆化、余暇社会化、高齢化、経済のソフト化・サービス化、国際化などのキーワードがちりばめられている。

 だがこれは、社会環境の変化に伴う文化環境の変化と、それがもたらすと予想される文化行政への影響を外周的に説明しているにすぎず、「芸術の振興と文化的な環境整備」が公共的に必要であることの説明ではない。その後、文化政策推進会議(文化庁長官の私的諮問機関)の報告を受けて「文化振興マスタープラン」が一九九八年三月に策定された。その第一章では、質の高い生活と文化、教育と文化、経済と文化、情報化と文化、国際化と文化と題して、文化振興の必要性がのべられているが、一〇年前の『白書』と比較してそう変化はない(30)

 文化振興に関する国の外郭団体の各種委託調査レポートも大同小異である(31)。一時最も流行した説明が、芸術や文化への取り組みは地域経済の活性化に貢献するというものであった。ボウモル、ボウエンのいう「一般的便益」の第二テーゼである。文化庁の『白書』にもこれを暗示する記述がある。

 地方自治体においても、やはり大同小異の状況である。地方自治体(市町村)は地方自治法の規定に基づき、「基本構想(32)」を策定しなければならない。この基本構想の各論において、文化行政に関する基本指針やビジョンが掲げられることが多い。だが、いずれの自治体においても情報化、国際化、高齢化(に伴う余暇社会化)の時代にあって、文化や芸術が大きな意味をもってくる、という一般的な記述がお定まりのように登場する(33)。その中身は、文化財の保護、生涯学習の推進、芸術文化の鑑賞など、縦割りの文部省・文化庁系列事業であり、そこに、地域活性化を目標とした歴史文化と産業との結合(観光振興)や、国際交流などがアラカルトのように盛り込まれている[193頁]ケースが多い。

 バブル経済がはなやかだった頃には、地域経済活性化のための文化、芸術、地方イベントと賑やかだったマスコミの論調も、バブル経済崩壊とともに急速に鎮静化し、阪神・淡路大震災がこれにとどめを刺した。震災後、歌舞音曲、芸術公演の類いの「自粛指導」が一部の行政から「流出」したといわれ、文化行政が物質主導、経済主導思想の前にはいかにも脆く、肝腎の文化行政の理念はもともと不在だったのでは、と疑念をもたれた嫌いがある。さても文化や芸術は、あくまで経済の家臣でしかなかったのだろうか。

 このように、文化や芸術への行政の取り組みは、行政の側の物質的・財政的・恩恵的余裕(カネ)と、住民側ののんびりとした余暇(ヒマ)があってのもの、という先入観は行政にも住民にも根強く、いかにも手ごわいのである。そして、「国レベルにおいても、地方自治体レベルにおいても、実際にさまざまな文化行政が行われているにもかかわらず、「文化行政」の推進によって〈文化>振興の恩恵を受ける ―文化享受を保障される― 国民の権利は曖昧にされたままである(34)。」

     五 文化的に生きる権利        目次へ戻る

 いつまでもこの枠組みの呪縛に閉じ込められていてはならない。震災当時においても、さまざまな芸術家や団体が、学校の運動場や教室あるいは大道でパフォーマンスを行って人びとを勇気づけ、また極限状態の緊張から解放し、人間らしく泣いたり笑ったりする精神的な自由を回復せしめた事例が報告されている。カネとヒマを奪われても、人びとは芸術・芸能を必要としたのである。まさに、文化的に生きるとは、このことではないか。

 国際条約上すでに、「文化的に生きる権利」は、国民、市民の基本的人権の一つになっている。世界人権宣言(一[194頁]九四八)第二二条において、「経済的、社会的、文化的権利」という文言が登場し、第二七条で「すべて人は、自由に社会の文化生活に参加し、芸術を鑑賞し、及び科学の進歩とその恩恵にあずかる権利を有する。」と規定している。国際人権規約は、世界人権宣言の精神をふまえ、これを発展させるとともに法的に拘束力をもたせたものである。

 日本も批准している国際人権規約のうち、社会権規約と呼ばれるA規約は、そのタイトルが「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」なのである。その実体的規定第一五条は「文化的な生活に参加する権利」と標題を付して、(a)文化的な生活に参加する権利 (b)科学の進歩及びその利用による利益を享受する権利 (c)自己の科学的、文学的又は芸術的作品により生ずる精神的及び物質的利益が保護されることを享受する権利、の三つを掲げている。

 さらに、日本が批准している「児童の権利に関する条約」(子どもの権利条約)にも文化権の規定がある。「休息、余暇などについての権利」と題した第三一条第一項では、「締約国は…児童が…文化的な生活及び芸術に自由に参加する権利を認める。」と規定している。すなわち文化的に生きる権利は、社会権的人権としてすでに国際法上明らかに位置づいているのである。

 文化的に生きる権利とは何か。「文化的権利」が国際社会において認識され、確立されたと言う意味で「画期的な意義」をもつ(35)といわれる、ユネスコの「大衆の文化的生活への参加及び寄与を促進する勧告」(一九七六)を参照してみると、「文化的な生活への参加」とは「すべての集団もしくは個人が、みずからの人格の全面的な発達、調和のとれた生活及び社会の文化的進歩を目的として、自己を自由に表現し、伝達し行動し、かつ創造的活動に従事することを保障された具体的な機会」と定義している。

 自己表現、伝達(行動)、創造活動の三つがその内容である。また、「人格の発達や社会の文化的進歩」と関わっ[195頁]て生きていくためには、外部からの情報取得が欠かせない。外部からの情報取得とは、学習のことである。自己表現と創造活動は、外部に向けての表現行為であるという点から見てほぼ同義とみなせる。つまり、表現と伝達(コミュニケーション)と学習の機会が保障されることが「文化的な生活に参加する権利」の内容なのである(36)

 省みて、日本国憲法には明確な文化権に関する記述がない。文化の享受を権利の側面からみるとき、憲法第一三条(幸福追求の権利)、第一九条(思想と良心の自由)、第二一条(表現の自由)が当然に関わりをもってくると考えることができ、これらを文化権の自由権的人権としての側面の根拠と考えることが当然にできる(37)。だが、社会権的人権としての側面からはどうか。

 憲法教育においても、社会権的人権としては、社会保障権、労働権、教育権の三つが一般的に掲げられる。文化という言葉が登場する憲法第二五条では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」となっている。しかし、条文の標題にもあるように、第二五条は生存権と国の社会保障義務について規定されたもの、すなわち最低限度の生存を保障するための救済的権利規定として一般的に理解されてきた。

 一方で、「生存権の理念は人間生存自体の『よりよき生存』への積極的志向と価値目的の意義を内在させている(38)。」と考え、社会権を勤労の権利と生活・環境・教育の基本権の二本柱ととらえた上で、「生活権及び教育権の延長線のうえに、文化的基本権ともよぶべきカテゴリーが、格別に扱われるべき意味をもって現れつつあると考えられる(39)」とする小林直樹のような積極説も存在する。国際人権規約を批准している我が国が、この条文を根拠として日本国民が享受しうる「文化的権利」概念を構築することも可能ではあろう。その方向も希望をもって展望されるべきである。

 だがむしろ、ユネスコの一九七六年勧告などから解釈していくと、第一三条の「すべて国民は、個人として尊重[196頁]される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする。」が、社会権的人権としての文化権の根拠となるのではないだろうか。なぜなら、幸福の追求とはアイデンティティ追求、自己実現の別名であり、自己実現は、表現、コミュニケーション、学習の三つがあいまって図ることができるからである。表現なくしてコミュニケーションなく、コミュニケーションなくして学習はない。また、学習なくして新たな自己表現はない。表現→コミュニケーション(交流)→学習→表現とつながる螺旋的なサイクルが存在するところにアイデンティティ形成の過程が成立する。いわば第一三条は、自由権的側面と社会権的側面の二つをもつ、と考えるべきであろう。

 およそ自由権としての「思想・表現の自由」は、芸術表現への行政不介入の原理として働く。一方で社会権的人権としての「文化的に生きる権利」が、政府による芸術文化振興、支援、助成の原理として働く。この原理は、芸術の生産者、需要側双方に対して働く。公共の文化政策の根底には、この二つの理念を据えなくてはならない。さらに、行政不介入の原理が、文化的に生きる権利の抑制になってはならず、政府による芸術文化振興、支援、助成が、芸術表現への行政介入の口実となってはならないのである。

     六 結び ― 市民的権利としての芸術文化行政へ        目次へ戻る

 国の文化政策の基本理念には、国民の文化権が明確に位置づけられるべきである。だが何よりもまず、自治体文化行政の理念の確立と事業思想の転換、変革が急がれる。自治体の芸術文化事業は、なんら国のミニモデルである必然性はない。むしろ、中央からの芸術文化配給事業の下請けから脱皮して、市民と行政、市民相互、市民と芸術家のコミュニケーションを増幅して、市民文化の層の厚みを増し、市民社会の文化的活性化を図る方向へ政策転換[197頁]を図らなくてはならない。なぜなら、「地域文化」の集成こそ日本文化の総体なのであり、自治体文化行政こそ市民(国民)の文化的権利保障の再先端に立っているからである。

 まず、崩壊前古代ローマの「パンとサーカス」政策のような、芸術鑑賞事業と施設建設一辺倒の固定化したタイプから脱却して、市民(アマチュア)と芸術家(プロ)がともに表現しコミュニケーション(批評)し、学習(鑑賞・研究)しあえるようなシステムと環境をつくり出すことが必要だ。文化財団であれ、地域文化協会であれ、このシステムがACGBのように保守化、権威化、権力機構化しないためには、市民と芸術家だけではなく、資源管理者、またはプロデューサーあるいはコーディネータとしての行政(あるいは財団当局)も加えた、三極の相互批評、交流のサイクルが成り立っていかなくてはならない。また、芸術の持つ癒し(ヒーリング)としての優しい側面だけではなく、権力への風刺や批判、毒として持つ先端性、革新性をどのように受容し、分配の公平平等、政治的中立、政策施策の妥当性原理に過度に束縛されている行政の評価システムの中に、どのように位置づけていくかも課題となるだろう。現代の行政は、あからさまな弾圧や統制はなしえなくても、消極的な無視や無知を装った排除はなしうるのだから。そのためには、ライセンスを与えられた芸術家を祭り上げて舞台に閉じ込め、市民を鑑賞客体として永く客席に閉じ込めてきた保守的な芸術文化行政の構造をも、柔らかく解体して循環サイクルに変換する必要がある。

 そして、芸術にも公的支援を適用するべきではなく、市場ルールに委ねたほうが良いものもあり、また、質の善し悪しも必ずあると想像できる。さらに「公共性」の内容は、時代、地域、対象によって当然に変容する。結局、芸術に関する公共財または準公共財としての認識形成と公的支援の適用ルールは、市民、芸術家、行政(財団)の相互批評と循環的な交流サイクルの中から生まれるのが理想である。

[198頁] 現代の「公共性」に関して、深い示唆を与えたJ・ハーバーマスの言葉にもこうある。「ルソーは道徳を国家公民が身につけるよう期待し、それを個人の動機と徳の中に据えつけるが、そうではなく、道徳は、公共的コミュニケーションそれ自体のなかにしっかりと根ざしていなければならない。…したがって、立証すべき課題は、〈市民の道徳はなんであるか〉という点から、〈道理にかなった成果を可能にするという推定を根拠づけるべき民主的な意見形成や意思形成の手続とはいかなるものか〉という問題へ移ることになる(40)。」

 そのためには、市民自身がたんなる「住民」から自律性と統治能力を発現する「市民」に転換し、政策決定や計画策定、施設運営などへの参加を促進する戦略をもたなくてはならない(41)。芸術家もまた、マスコミ志向、中央志向を改めて、より質の高い芸術理解者をさらに多く獲得する戦略をもって、ボランタリーなアクションを用意する必要がある。そして行政もまた、みずからの視点にたえず「市民性」を開発し(42)、文化、芸術の価値に関する鑑識力と批評能力を鍛練していかなくてはならない。原理的には、個々の芸術がもつ公共性もまた、このようなプロセスとコンセンサスから、時代とともに鍛えられていくべきなのである。

我が国の公共文化政策の理念が脆弱であると見えるのは、国民・市民の「文化権」への認識が欠落していることがその要因である。さらに、我が国においてもモデル的な次のステップと想定されてきた英国芸術評議会の歴史と現状は、思想・表現の自由(自由権)と芸術の公的支援・助成・保護(社会権)の調和点をどこに求めるか、それを決定するのは、やはり民主主義と自治の原理であることを示唆している。つまり、芸術家を含めた、参加、参画する「市民」存在の大切さ、政府や政府補助機構の情報公開、批評・批判回路の実在が重要であることを示唆しているといえるのでないだろうか。

[199頁]

(1)文化庁『我が国の文化と文化行政』(ぎょうせい、一九八八年)四五頁。

(2)芸術文化振興連絡会議『受ける側からみた自治体の文化予算・基金の状況』(同会議発行、一九九三年)九頁。

(3)ただし、これらのうち国で約五七%、地方自治体で約六四%が施設建設、施設運営経費であり、事業経費は相対的に少ない。施設建設・運営が主であり、事業が従となっているのが、我が国全体の芸術文化振興予算のこれまでの特徴である。施設建設も全国的に行き渡りつつある現在、今後は事業内容の充実、転換が課題となることがみこまれる。

(4)総務庁行政監察局『文化行政の現状と課題』(大蔵省印刷局、一九九六年)一二頁。

(5)池上淳『生活の芸術化―ラスキン、モリスと現代』(丸善、一九九三年)を参照。むしろ、池上の固有価値論に立てば、価値財である芸術文化の生産者への支援と、芸術文化消費者への教育の双方に向けた政策の必要性が現在以上に明確となる。

(6)文化庁『文化振興マスタープラン』(文化庁、一九九八年)一頁。

(7)本田忠勝「演劇芸術の社会基盤整備としての日本の文化行政の新展開と劇団の『権利と責任』をめぐるその課題」『世界劇場会議発表論文集Vol.3』(世界劇場会議実行委員会、一九九六年)七七頁―八四頁。

(8)ボウモル・ボウエン『舞台芸術・芸術と経済のジレンマ』(池上淳・渡辺守章監訳、芸団協出版部、一九九二年)四八三頁(原著WILLIAM J.BOWMOL & WILLIAM G.BOWEN, PERFORMING ARTS, THE ECONOMIC DILENMA(MIT Press 1966).)今日では、この訳書が文化経済学会〈日本〉でも標準的なテキストとして用いられているので、本稿でも、この訳を使用することとした。

(9)前掲注8に掲げた文献、四八三頁。

(10)前掲注8に掲げた文献、四八五頁―四九五頁。

(11)金森久雄・荒憲治郎・森口親司編『経済辞典』(有斐閣、新版一九九四年)二〇〇頁、二五〇頁

(12)前掲注8に掲げた文献、四九六頁―四九九頁。

(13)前掲注8に掲げた文献、四九九頁。

(14)ERIC W.WHITE, THE ARTSCOUNCIL OF GREAT BRITAIN 24 (Davis-Poynter London 1975).

(15)JOHNS S.HARRIS, GOVERNMENT PATRONAGE OF THE ARTS IN ENGLAND 36(The University of Chicago Press 1970).

(16)Id. at 39-40.

(17)NIGEL ABERCROMBIE, CULTURAL POLICY IN THE UNITED KINGADAM 72-76(UNESCO 1982).

[200頁]

(18)HARRIS, supra note15, at 72-76.

(19)Id., at 58-61.「芸術振興基金」研究推進プロジェクト『芸術文化振興基金の課題』(社団法人日本芸能実演家団体協議会発行、一九九〇年)七四頁―七五頁

(20)DREAMS AND DECONSTRUCTION-ALTERNATIVE THEATERS IN GREAT BRITAIN 180-181(SANDY CRAIG ed)(Amber Lane Press 1980).

(21)GEORGE ROWELL & ANTHONY JACKSON, THE REPERTORY MOVEMENT-A HISTORY OF REGIONAL THEATER IN BRITAIN (Cambridge University Press 1984).

(22)中山夏織「英国における文化政策の演劇組織/創造への影響の考察」『文化経済学会〈日本〉年次大会一九九八予稿集』(文化経済学会〈日本〉、一九九八年)三四頁。

(23)前掲注22に掲げた文献、三四頁―三六頁。

(24)RONALD HAYMANN,THE SET UP-AN ANATOMY OF THE ENGLISH THEATER TODAY 232-235(Eyre Methuen 1973).

(25)CRAIG, supra note20, at 180.

(26)SIMON CALLOW, BEING AN ACTER 217(new edition, Penguin Books 1984).

(27)金武創「芸術支援財政の英米比較」『文化経済学(第一巻、第一号)』(文化経済学会〈日本〉一九九八年)七二頁。金武は、一九八〇年代以後、サッチャー、メージャー両政権は、「各芸術分野ごとの観客動員の増加率や、地域経済への貢献といった側面を強調しながら財政規模を抑制し続けた」と指摘している。

(28)中山夏織「芸術チャリティ確立への模索―英国演劇の経験」『文化経済学(第一巻、第一号)』(文化経済学会〈日本〉一九九八年)六七頁。中山は、保守党政権時代にACGBが、芸術への「保護」、社会的な「福祉」から芸術文化産業への「投資」へと政策を転換したことを指摘している。

(29)文化庁(一九八八年)、二四頁―二五頁。

(30)文化庁(一九九八年)、一頁―三頁。文化庁(一九八八年)と比較して、社会環境の変化に対応した記述が加えられているものの、国民の文化的権利に関する記述はない。

(31)財団法人自治総合センター「地域における芸術文化振興のための施策のあり方」(同センター発行、一九九四年)二三頁―二六頁。この中で、「地域における芸術文化振興の必要性 ―なぜいま、芸術文化の振興が必要か―」と題した章があるが、そ[201頁]の説明内容は、@地域と芸術文化を取り巻く環境が、価値観の変化、情報化、交通アクセスの発達、国際化の進展などにより大きく変化したこと。A人びとの生活スタイルが成熟しつつあり、「生活のアート化」が進行していること。B高度産業社会の時代に入り、「産業のアート化」が進行していること。C芸術文化の公共性が認識されてきて、「アートの地域化」が課題になってきたこと。Dこれらをふまえて地域振興の核としての芸術文化の振興の必要性が増してきたこと。の五つである。

(32)地方自治法第二条第五項の規定により、市町村は議会の議決を得て「基本構想」を定めなくてはならない。

(33)ベースとなる基本構想が議決を要する部分であるが、実際には、「基本構想」のもとに「基本計画」「基本指針」のような各論部分を構成することが多い。この「計画・指針」に文化行政の基本計画などが盛り込まれる。ばあいによっては、「文化振興ビジョン」などの独立したパンフレットを作成することもあるが、概ね、基本構想との整合性は意識されている。しかし、文化行政の必然性に関する認識水準は全国的に低い。

(34)小林真理「文化行政の理念としての〈文化権〉」『文化経済学会〈日本〉論文集第一号』、(文化経済学会〈日本〉、一九九五年)一〇九頁。

(35)佐藤一子『文化協同の時代 ―― 文化的享受の復権 ――』(青木書店、一九八九年)一一頁。

(36)中川幾郎『新市民時代の文化行政』(公人の友社、一九九五年)三六頁、四五頁―五二頁。
社会権としての文化権の実質的な内容は、表現権、コミュニケーション権、学習権の三つで形成されると考える。このばあい、学習権は、文化権の下位概念に位置することになり、学習権の発展形としての文化権を展望する考え方とはやや異なる立場となる。

(37)前掲注 に掲げた文献、二―三頁。

(38)小林直樹『憲法の構成原理』(東京大学出版会、一九六一年)三三七頁。

(39)小林直樹『新版・憲法講義・上』(東京大学出版会、一九八〇年) 五四八頁。

(40)ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換』(細谷貞雄、山田正行訳、未来社、一九九六年、第二版)「一九九〇年新版への序言」二九頁。(原著JÜRUGEN HABERMAS, STRUKTURWANDEL DER ÖFFENTLICHKEIT UNDERSUCHUNGEN ZU EINER KATEGORIE DER BÜRGERLICHTEN GESELLSCHAFT (Suhrkamp Verlag Frankfurt am Main 1990).)引用文は細谷他訳による。
 ハーバーマスは、同じ個所で、B・マーニンの指摘「正当性の源泉は、個人のあらかじめ決定されている意思ではなく、そ
[202頁]の意思が形成される過程それ自体、いいかえれば協議である。…正当な決定とは、万人の意思を代表するものではなく、万人の協議の成果である。そうした成果に正当性を与えるのは、あらかじめ形成されている意思の総和であるよりも、むしろ万人の意思が形成される過程である。協議の原理は、個人主義的であるとともに、民主主義的でもある…われわれは、たとえ長きにわたる伝統に反する危険をおかすことになっても、正統的な法は、普遍的な協議の成果であって、一般意志の表明ではないことを確認しておかなければならない。(同じく細谷他訳による)」を引用している。

(41)松下圭一『都市型社会の自治』(日本評論社、一九八七年)一九九頁。
 松下圭一もまた、都市型社会が一般的となる現代において、市民自治の原理が必然的となること、またそれが参加よりも参画へ、市民からの公共政策の提示へと向かうことを説明している。

(42)行政における「市民性」の開発(あるいは回復)とは、いわゆる「行政の文化化」そのものに他ならない。

(本稿は、平成九年度帝塚山学園特別研究助成費による研究成果である。)

 

[206頁]

The Study on Public Support to Arts and Culture Policy in Japan

? Around the present condition of the Arts Council
of Great Britain and its problems ?

 

Ikuo Nakagawa

Associate Professor

Faculty of Law and Policy

 

The "culture oriented administration", the "art administration" in particular, which constitutes a policy theme of the government and local authorities today, has become increasingly important as part of the overall policy. However, where can we find the ground that makes the central government and the local autonomous bodies promote and support cultural and art activities? Whereas practical initiatives are taken, their theoretical background remains unchanged. Above all, the foundation remains poor and insufficient for formulating the backup theories. The policy intervention by the central government would involve a risk of its interference with cultural and art activities of the public. There will arise a need, therefore, for an independent and sound system to support them. The system of ACGB (Arts Council of Great Britain) could offer a helpful reference for Japan in dealing with this issue, although the ACGB system itself contains various problems.

ACGB was established to materialize both "the need of public support to art and culture" and "nonintervention by the government into art and culture." However, it is pointed out that substantial intervention and promotion, accompanied by bureaucracy, exists as ACGB has grown huge to date. There is a possibility that the same problem will arise because even in our country [206頁]there are similar organizations such as the art culture promotion fund on a national level and the public culture promotion foundations on a local level.

I have looked into the current policy of culture administration in our country. I found few arguments to the effect that "public support is necessary for the activities in arts and culture." No positive suggestion could be found in regard to the principle of "nonintervention by the government into arts and culture." What I found was only a general description about the direction in which the culture administration should develop in correspondence with the changes taking place in social environment. An emphasis is put rather on the relationship between the vitalization of economy and the promotion of culture.

This lack of philosophy stems from the fact that neither the principle of "the freedom of thought and expression" as a right of freedom, nor "the culture right" as a social right, is established in the administrative philosophy. It should be specifically pointed out that the "culture right" tends to be ignored in our country.

These two fundamental rights can be compatible by establishing the criterion to distinguish between "public goods" and "semi-public goods".

ACGB was set up as an agency for deciding on this criterion. But it has had a problem of its own in that information is not open to the public and it is difficult for new participants to take part in the decision-making process. To overcome this problem. it is essential that information be open to the public and an autonomous process and consensus be formed by which the three parties ? artists, resource administrator and citizens ? try to criticize and communicate with each other. This is especially important for local autonomous bodies.