[83頁]−論 説−
イタリア商法にお理論ける法外観に関する研究序説
茶 田 善 嗣
目 次
一 序 説
二 法外観理論史
三 法外観理論の概念
四 実体法規定
五 手形法への適用
六 結 び
一 序 説 目次に戻る
(一) 西欧には「外観は人を欺く」(L'Apparence trompe ; Der Schein trugt)
(1)あるいは「外観と真実とは一致することを好まず」「レヒッシャイン」(Rechtsschein)すなわち「権利の外観」という用語は、だれによって作り出されたものか
[84頁]は詳らかではないが、おそらくは「権利表現形式」(Rechtserscheinungsform)というゲルマニステンの用語から縮小語として自然にできあがったものであろうとされており(3)、「レヒッシャイン」という用語の派生は定かではないとされている。外観理論は、二十世紀のはじめごろに、ドイツの民法学者が中世のゲヴェーレ制度(die Gewere)を基礎にして主張した法理論であって、ドイツ法において発展せしめられたものである。Gewere と Rechtsschein の本質はともに実質的権利の外観であり、かかる外観によって実質的権利の存在が推認せられるのであって、Gewere の根本的思想は物権法外の法域においても承認しえべきであり、この観念を統一的に表現するために Rechtsscheinなることばがもちいられるにいたったとされており、英米法においては同一の要求を禁反言の原則(Rule of Estoppel)として展開されている
(4)。外観理論は、ドイツ法においてはRechtsscheintheorie、また英米法においてはRule of Estoppelと呼ばれており、わが国の法においては、権利外観理論、外観主義、法外観、外観理論あるいはレヒッシャインと呼ばれている。この理論は、わが国においては、つぎのように解釈せられている。すなわち、事物の外観と真相とが一致していない場合に、その外観を信頼して、ある行為をし、またはある行為をしなかった者に対して、外観によって事物を決することができるようにする理論である。もし外観理論をとらないで、あくまでも真実にしたがって法律効果を定めるものとするときは、当事者は事物の真相を究めたうえでなくては取引をなしえないこととなり、しかも真相の究明は困難な場合が多いから、活発に大量の取引を行なうことは不可能となる。
そこで、外観に優位を与えることは取引の安全保護のうえでは不可欠の要素となると解し
(5)、あるいは企業形態や取引機構が高度に複雑化した営利活動の世界においては、真実なる事実の公示を要求する公示原則だけでは取引[85頁]の安全はたもたれない。けだし、このような営利活動の世界では、事実の真相と外観とがくいちがうことがしばしばであり、かかる場合、外観を信頼して行為をした者をどのようにあつかうかは、公示主義そのものによっては解決できることではないからである。したがって、このように事実の真相と外観とが一致しない場合、どのようにあつかうかは別個の見地から解決されなければならない。企業形態や取引機構が複雑化し、取引量が増大している営利活動の世界においては、それぞれの法的意義のある事項の把握が容易でなく、また取引にあたり当事者がいちいち事の真相を探求することは困難である点にかんがみるならば、かくれた真相よりも外観に優越をみとめ、これにそくした法的保護を与えることは、流通過程の安定、すなわち取引安全保護のうえから当然の要求となると解し(6)、これが外観理論であるとしている。(二) 外観理論は、「外観は実在に優越する」(Schein geht vor Sein)という命題にもとづき、第三者が外観を信頼したということと、この信頼を惹起する原因を与えたということの二つ、すなわち信頼主義と与因主義を骨格として構成されているが
(7)、法生活においては、実在と外観とがよく相違することがあり、この場合に、外観の信頼者を保護することは、現代私法、とくに商法の基本原理であって、流通過程の安定、すなわち取引の安全という重大な意義がある。二十世紀の法原理として、企業の法生活においては、法と私的意思との間には、契約を除いて、商法における生活の条理を決定するために、外観理論がとり入れられるのであって、これは商法の重要な存在理由である(8)。外観理論は、商法のみならず、民法においてもあらわれているが、商法においてとくに著しくあらわれており、もっともよく顕現しているのは手形法の分野においてである。問題となるのは、抗弁制限の法理の理論的根拠である。わが国における通説的見解は、手形上の権利は、裏書交付または単なる交付により、譲渡人から譲受人に承継
[86頁]的に移転し、手形上の権利に付着した手形抗弁は、本来、手形上の権利とともに譲受人に引継がれるのが原則であって、そのような前提のもとでは、抗弁制限の法理は、本来は引継がれるべき抗弁の一部のものを、取得者の善意を条件に対抗できないものとしている法理である。それゆえ、抗弁の本来の承継を前提として、善意を条件とする抗弁切断の理論的根拠は外観理論によって説明されている(9)。ドイツ法のもとにおいて創造され、かつ形成せしめられた外観理論は、 Rechtsschein ist alles ! とさえいわれているが
(10)、「商法の母国」といわれているイタリア商法においては(11)、どのように形成され、かつ発展せしめられてきたかにつき考察し、もってわが国の商法における外観理論の法的構成への研学にしたいとおもう(12)。(1) 喜多・外観優越の法理一頁。 (2) 田中・落合・新増補版ギリシア・ラテン引用語辞典一〇六頁。 (3) 喜多・前掲書一九〇頁。 (4) 喜多「外観主義」星川 他編・会社法務大辞典五一頁、納富・手形法における基本理論二九七頁。もっとも、喜多・前掲書五二四頁は、法外観と禁反言則とは同一ではないと解している。米谷・商法概論一六三頁以下参照。外観理論に関しては、岡川「私法におけるRechtsschein法理の展開」法政研究四巻二号一頁以下、納富・前掲書二六一頁以下、納富・手形法・小切手法論四九頁以下、喜多・前掲書、河本「有価証券におけるレヒッシャイン ―ヤコビを中心にして―」神法二巻四号七二五頁以下、小橋「ヤコビの手形理論(権利外観説)について」商法論集U・一五二頁以下、伊沢・表示行為の公信力、石田・財産法における動的理論、喜多「外観優越の法理」Law school 二四号四頁以下などがある。 (5) 伊沢「レヒッシャイン」民事法学辞典(上)二一〇六頁。 (6) 服部・柿崎・演習商法(上)一八四頁以下、西原・商法学二〇七頁。 (7) 納富・手形法・小切手法論四九頁以下、納富・手形法における基本理論五三〇頁以下。 (8) Mossa, Diritto commerciale,I,1937,p.6.喜多・前掲書二九一頁註(二九)。Mossa,op.cit.,pp.10,11 は、商法の一般原則[87頁]は、有償性、取立債務、法外観であるとしている。 (9) 高窪・現代手形・小切手法二六八頁以下。手形の交付欠缺につき、手形行為の法的性質にかんするいわゆる契約説の立場にたつかぎり、外観理論は必要不可欠の法理である。すなわち、手形署名者が手形をその第一の権利者に交付する前に、その手形を喪失し、善意の第三者によって取得された場合に、いわゆる契約説の立場では、署名者に手形上の責任を負わせることはできない。そこで外観理論を利用して、このような場合には、契約は成立していないが、署名者は、それが成立しているかのような外観の成立に原因を与え、第三者はこの外観を信頼したのであるから、手形文言どうりの責任を負わなければならないと解せられている(河本 編著「権利外観説」手形法・小切手法小辞典六九頁以下)。抗弁切断の法則を外観理論によって説明する見解は、山尾・新手形法論一七頁、納富・手形法における基本理論五八九頁、本間「手形抗弁」伊沢還暦記念・判例手形法・小切手法二九七頁、服部・加藤・演習商法(下)一四三頁、拙稿「手形抗弁の切断に関する一考察」甲南法学八巻一号一二九頁などがある。 (10) Krückmann,Nachlese zur Unmüglichkeitslehre,in Jhre Jahrb.,57,1910,SS.162,169. Krüchkmannの唱える外観理論に関し、納富・手形法における基本理論三〇九頁以下参照。 (11) 米谷・商法概論一七六頁、喜多・前掲書三二二頁以下、風間「イタリア民法における外観法理の一試論」個人法と団体法第一部私法篇三頁以下。 (12) ドイツ法、フランス法、英米法における外観理論の展開につき、喜多・前掲書に詳細に研究されている。しかし、手形理論としての外観理論に疑問視する見解がある(小橋・商法論集U一九〇頁以下参照)。
二 法外観理論史 目次に戻る
(一) ドイツにおけるRechtsscheinは、イタリアにおいては Apparenza giuridica ;Apparenza del diritto ; Apparenza della situazione giuridica ; Apparentia iuris とよばれているが、一般的には、La teoria
[88頁]dell'apparenza giuridicaあるいは L'apparenza del diritto とよばれている。そして、La teoria dell'apparenza giuridica は法外観理論、また L'apparenza del dirittoは権利外観と訳出されるが、いずれをも外観理論、すなわち La teoria dell'apparenza を意味している。アッパレンツァ理論(La teoria dell'apparenza)と称されるイタリアの外観理論は、旧来、期待保護の理論(la teoria della tutela dell'aspettativa)あるいは権利占有の理論(la teoria della possesso dei diritti)として存在していたものと、表面上は類似の理論として発芽してきた(1)。イタリアにおいては、外観理論が自由に、かつ完全に受け入れられるまでは、期待保護の理論あるいは権利占有の理論をもちいていたのであるが、外観理論の起源は、ドイツのOertmann
(2)およびイタリアの Bolaffi(3)の研究によってよみがえり、ドイツにおいては、Rechtsschein なることばの概念でもって総括的に表現され、その理論は Rechtsschein ist alles ! とさえ是認されるまでにいたっている(4)。これに対し、イタリアにおいては、外観理論を一般原則として利用していくためには、いわゆる市民権(cittadinanza)を取得することが必要であって、そのために普及させることであった(5)。イタリア法における法外観理論は、ドイツの法理論においても、外観理論として展開されていることは周知のところである。その第一人者はE.Jacobiである。Jacobiは、一九〇一年の著書においてすでに権利外観理論についてのべ、その後、 Otto Fischer の理論をもちいて展開している。 Otto Fischer は、相続証書、外観相続人の条件、裁判上の死亡宣告の効果、占有・権利取得・時効取得による物権の効力など、種々の原則を説明するために、外観理論を体系的な一般理論として形成し、私法の全域にまたがる理論として構成したのである。Jacobiは、一九一〇年の著書において、再び論述している
(6)。[89頁]
ドイツにおける外観論者は、Otto FischerおよびJacobiにつづき、WellspacherおよびMeyer がおり、ほぼ同時期にNaendrupおよびKrückmann がいたが、外観理論の本格的な形成は Meyer と Otto Fischer との合作とみるべきであると解せられている(7)。ここにドイツにおいては、権利外観理論研究の萠芽を迎え、そして外観理論は展開されてゆき、とくに Jacobi は、有価証券の分野において、権利外観理論の形成に努力し、その理論は結晶したのである。この Jacobi の外観理論にもとづく手形理論は、わが国の手形理論にも影響を及ぼし、その指導的役割をはたしている(8)。 これに対し、イタリアにおける法外観理論は、ドイツ私法学が果たそうとしてまだほとんど果たしていなかった「商法における法外観理論の研究」なる課題のもとに、展開されはじめた。その第一人者はイタリアの商法学者 Lorenzo Mossa である。Mossa,L'inefficacia della deliberazione dell'assemblea nelle societ per azioni,in Riv.dir.commm.,1915,I,pp.462 e segg.において、すでに、外観と善意の第三者の保護、外観と公示(pubblicit
)、そして株主総会における決議公開と外観理論について論述し、Mossaは、一九一五年の論文において、法外観の原則(il Principio dell'apparenza giuridica)を先駆的に展開した。Mossa の法外観理論をさらに論調を高めたのは手形法の分野においてである。すなわち、Mossa の手形理論は、法外観理論に依拠して、権利の発生・移転・消滅に外観への信頼者を保護すべきことを原則として、創造説に法外観理論を付加した理論でもって構成されている。法外観理論を有価証券に適用したのは、Messineo,I titoli di credito,I,1934,rev.,p.26 ss.であり、有価証券に外観理論を受け入れているのは、Mossa ; Messineo のほか、Stogia ; Falzea ; Lordi ; Ferriがおり、 Bonelliが外観理論に接近している。そして、会社法に法外観理論を適用しているのは、Mossa ; Salandraであり、Bolaffi も適用している。
[90頁]
このように、イタリアにおいて、法外観理論を最初に提起したのはMossa である。Mossaは、法外観理論を商法への受け入れのための研究をなし、その理論の形成、発展に多大の功績をなしたのである。そして、二〇世紀の原理として、企業の法生活においては、契約を除いて、法と私的意思の間に法外観理論を取り入れられなければならないとし、それは商法では重要な存在理由であるとしている(9)。Greco によれば、第三者のためのよりすぐれた保護は法外観の原則(Principio dell'apparenza giuridica)によってなされるものであると解しており
(10)、この考え方には Messineo(11)および Ascarelli(12)も肯定している。そして、法外観理論を否定することは、Messineoによれば、改革ぎらい、あるいは保守主義であるとして、法外観理論の受け入れを提唱している(13)。法外観理論は、「何よりもまず第一に、一般の利益が個人の利益に優越すべきである」という原則にもとづいたものであって
(14)、民法における法外観は、想定上の婚姻、外観上の相続財産、債権譲渡、代理に適用され、商法における法外観は、代理、代理商の代理、商事代理商、商業登記、商事営業、商事会社、有価証券などに適用されると解せられてお(15)り(16)、イタリアにおいては、民法および商法にわたって幅広く適用せられているのである。(二) みぎのように、イタリアにおいて、法外観理論を最初に提唱したのは、Mossa である。Mossa は、外観理論(Rechtsschein)を広範囲に適用しているドイツの法理論に触発され、外観または表示、署名者の外観事実(fatto esterno)のイタリアの命名者となり、Mossa の創造した法外観理論は、Mossa, L'inefficacia della deliberazione dell'assemblea nelle societ
per azione,in. Riv. dir. comm., 1915,I , p.441 ss.qui. p.464 ss. ; Id.,Saggio critico sul progetto del nuovo codice di commercio, in Annuario dir. comp., vol.I, p.170 ss.の論文において、まず見出だすことができる。そして、Mossa,Volont
Mossa は、ドイツの外観理論に触発されてイタリアにおける法外観理論の創造者となったが、Mossaの創造した法外観理論は、Stogiaなど他の学者によって発展せしめられ、とくに破毀院(Corte di Cassazione)の裁判長D'Amerioによって、より一層の研究がなされた。 D'Amerio は、一九三七年と一九五七年に、Apparenza del diritto と題する論文を発表し、D'Amerio, Apparenza del diritto,in Nov.dig.ita.,diretto da Azara - Eula,I ,1957,3ed.において、法外観理論は外観または公示にもとづき善意者を保護する場合に適用される法原理であるとし、イタリアにおける代表的な見解の一つである。D'Amerio は、判決のなかにおいて、会社の外観、代理権の外観、会社の正式営業および外観上有効な公の営業準備の外観に外観法則を適用している
(20)。外観理論の研究は、さらに、Finzi;Falzea;Moschellaによってなされ、Moschella は、外観理論を新たに、「資格信頼の理論」(teoria dell'affidamento legittimo)あるいは「形式的資格の理論」(teoria della legittimazione formale)と名付けている
(21)。[92頁]
こうした状況のなかにあって、Ascarelliは、法外観理論について、つぎのような見解をとっている。すなわち、法外観理論なる新理論の信頼性(attendibilitイタリアにおいて受け入れられてきた外観理論は、公衆の理論、権利取得の理論、証明の理論、企業および会社の理論など幅広く適用されており
(23)、「一般の利益が個人の利益に優越すべきであるという原理に立つものである」と観念されている(24)。そして外観理論は、組織化と集団の利益の法である商法の真の一般原則とみなすことができるとし、商法に力強く、そしてよく働く「法」に等しいと解せられるまでになってきたのであって(25)、イタリアにおける外観理論は L'Apparenza(1) Falzea, Apparenza,in Enciclopedia del diritto,II,1958,p.683 e segg.. (2) Oertmann,Grundsatzliches zum Lehre vom Rechtsschein,in Zeitschr f. d. des Handelsrechts,vol.91,1930,S.443. (3) Bolaffi, Le teorie dell'apparenza del diritto,in Riv.dir.comm.,1934,I,pp. 132 segg.. (4) D'Amerio, Apparenza del diritto, in Nov. dig. ita., diretto a cura da Azara - Eula, 1957,I,3ed.,p.716. (5) D'Amerio,op.cit.,p.716. (6) Messineo,I titoli di credito,1964,I,p.27. 喜多・外観優越の法理二二一頁、二二四頁以下。 (7) 喜多・前掲書二二四頁。 (8) Jacobiの手形理論に関しては、喜多・前掲書二二五頁以下、小橋「ヤコビの手形理論(権利外観説)について」商法論集U・一五二頁以下、同「ヤコビの有価証券概念」商法論集U・一頁以下参照。 (9) Mossa,Diritto commerciale,1937,I, p.6. (10) Greco,Le societ
[95頁] 三 法外観理論の概念 目次に戻る
(一) イタリアにおいては、法外観は、つぎのように定義づけられている。すなわち、Messineoによれば、「ある法的明示にもとづき、正当に信頼を行ない、かつこのような明示と一致して行動する者は、明示が真実に一致したという事実から独立して、それを信頼する権利がある。」(La si trova nel concetto di apparenza di diritto ( Rechtsschein ): una situazione,per cui chi ha fatto ragionevolmento affidamento su una data manifestazione giuridica e si
è comportato in coerenza a tale manifestazione, ha il diritto di contare su di essa, indipendentemente dal fatto che alla manifestazione corrisponda la realtみぎのように、イタリアにおいては、法外観の定義に言及し、そして外観の保護(tutela all'apparenza) をみとめるべきであるとしている。この理論的表現は、外観表示(una manifestazione esteriore)にもとづき、第三者がこの表示が適法な状態に一致していると判断した場合をいい、第三者が外観的地位を信頼するということである。
信頼の保護は、客観的及び一般的事実の状態から生ずるということであって、外観表示は法外観または信頼によって創造されるものである
(5)。そして、外観は権利外観(aparenza di diritto) すなわち法的地位の外観(apparenza della situazione giuridica)であると解し、外観は意思と表示との間に自然発生的に徐々に入りこみ、外観は善意の第三者保護の典型的例示であると解している(6)。 相続の継承行為、信用証券の署名行為、委任授与行為、代理任命行為、商事会社への入社行為は、権利の形成が真意のある意思の表示(una manifestazione di volont
cosciente)に依存するものではなく、創設行為(atto
法外観は、表示者の行動から生ずる一般の表示(dichiarazione alla generalit
)によって決定されるものであって、それは法律的行為(atto giuridico) であって、法律行為(negozio giuridico)ではないと解するのがイタリアの有力説である
(二) Mossa によれば、法外観は、普通の意思表示(comuni dichiarazioni) ではなく、特別な法律的行為(speciale atto giuridico)である一般の表示(dichiarazione alla generalit
)であり、この理論は信頼の保護のためのものであり、また善意者の保護のためものであるとしている
イタリアの法律においては、法外観の原理(il dogma dell'apparenza giuridica)は善意と信頼の伝統的な原則をより強力に結び合わせたものであって、そこに強く要請せられているものは、法外観の原理により、すべてのものの利益のために、意思表示(manifestazione) は公衆に信頼を惹起させることである。表示(dichiarazione)は事実の法外観(un'apparenza giuridica di realt
)を形成し、そして創設するための手段であって、公衆に対して(al pubblico)効力がある。そしてその債務の効果または責任の創造は、表示がなされているという事実のみによって、法律外(ex lege)から生ずるのであって
商法の要請するものは、所持人の保護および取引の法的安全であって、形式的資格の外観(l'apparenza di legittimit
)、善意および流通に関与した者の信頼に基礎をおくことである
みぎのように、Mossa を中心としたイタリアにおける法外観理論は、一般約束理論によって構成し、大衆に向けられた外観的意思表示であると解し、信頼と信頼を惹起させる原因とによって成立しているとし、そしてこの理論
[98頁]は信頼の保護と善意者の保護のためのものであるとしている。
(1) Messineo,op.cit.,p.27. 喜多・前掲書三二四頁。 (2) D'Amerio,op.cit.,p.714. (3) Falzea,op.cit.,p.685. (4) Stolfi,op.cit.,p.60. (5) Bolaffi,op.cit.,p.132. (6) Falzea,op.cit.,p.689. (7) Stolfi,op.cit.,p.62. (8) Stogia,Apparenza giuridica e dichiarazione alla generalit
四 実体法規定 目次に戻る
(一) ローマ法においては、外観相続人の譲渡行為は、相続財産の善意の所持人の譲渡行為とみなされ、そしてその所持人の損害を避けるためにのみ効果がみとめられていた( D.5,3,25,
17
イタリアにおける法外観理論にもとづく実体法規定は、廃止された一八六五年の民法九三三条二項の「表見相続人との有償名義の合意の効果により、善意で契約したことを立証する第三者によって取得された諸権利は妨げられない。」の実質的再生規定である一九四二年の現行民法五三四条二項の「前項の規定にかかわらず、表見相続人と善意でなされた有償名義の合意の効果により、第三者によって取得された諸権利は常に妨げられない」とする相続承認の効果の遡及効に関する規定に求め、また廃止された一八六五年の民法一二四二条の修正規定である一九四二年の現行民法一一八九条の「弁済にかえて債権が譲渡されたときは、当事者のこれと異なる意思が明らかでない場合には、債務関係はその債権の取り立てとともに消滅する」とする表見債権者に対する弁済に関する規定に求められている
(2)。イタリアにおける法外観理論にもとづく実体法規定は、みぎの民法五三四条二項と一一八九条がもっとも典型的
[100頁]なものとされているが(3)、この規定のほかに、授権行為の変更および消滅に関する民法一三九六条、当事者間における仮装行為の効果に関する民法一四一四条、第三者に対する仮装行為の効果に関する民法一四一五条、仮装行為と債権者との関係に関する民法一四一六条、委任の消滅原因の不知に関する民法一七二九条、預金の寄託通帳に関する民法一八三五条、委任状の変更およびその撤回に関する民法二二〇七条などがあげられている(4)。廃止された法律、新しい法律のもとにおいて、あるいは判例の明らかにしている傾向は、善意(buona fede)と信頼(affidamento)の保護を広くみとめるために、理論の確かな事実にもとづく基礎的原理を創設していることである
(5)。いいかえれば、民法は、外観または公示にもとづき、善意者を保護する場合に適用される法原理の規定として定められており、外観に関して定めている単独規定の存在は、イタリアにおいて、一般理論として開花したのである(6)。(1) Sacco,Apparenza,in Digesto discipline Privatistiche,Sezione Civile,I,1989,p.353. (2) Sacco,op.cit.,p.355.風間「イタリア民法における外観理論の一試論」個人法と団体法第一部私法篇五頁。イタリアの旧民法九三三条と現行民法五三四条、旧民法一二四ニ条と現行民法一一八九条については、Sacco,op.cit.,p.355.およびイタリア民法五三四条二項にもとづく外観理論については、風間・前掲論文に詳しく研究されている。 (3) Sacco,op.cit.,p.355;D'Amelio,Apparenza del diritto,in Nov.dig.ita.diretto da Azara-Eula,I,1957,3ed.,pp.714,715. 風間・前掲論文五頁。 (4) Sacco,op.cit.,p.353.風間・前掲論文一五頁(一)。その他に、Sacco,op.cit.,p.353 は刑事訴訟法(codice di procedura penale; c.p.p.)四二六条を、またBolaffi,Le teorie sull'apparenza giuridica,in Riv. dir.comm.,I,1975,p.132は民法三六九条をあげている。イタリア民法の条文については、風間・イタリア民法典 参照。 (5) Bolaffi,La societ
五 手形法への適用 目次に戻る
(一) Mossa は、法外観理論を手形法へ適用することについて、つぎのように解している。外観は、意思表示の意識 (coscienza della dichiarazione)ばかりでなく、意思(volont
)も欠けている場合に、外形的には、実質的価値がある。このように外観理論は、外観の力(virt
dell apparenza) によって行動する者の信頼を尊重するのである。真正の手形署名に基礎をおいて、外観を信頼した人と、手形の創造の考え(idea) をもっていない署名者との間の利益衝突において、外観理論は、善意者の利益が優越するのである。
手形の外観によって、一般の信頼(l'affidamento della generalit
) が生ずるのである。実際に、債務に関する厳しい法律によって保護される利益である。外観を信頼した第三者の利益は、証券を創造した者の利益に優越するのである。証券上の意思行為を法にもとづいて効力を発生させる法律的行為 (atto giuridico) は、手形行為でもなく、保証行為でもない。手形の形式的外観の信頼(l'affidamento alla legittima apparenza)は、広義において、手形の外観創造(creazione apparente)を信頼するところの錨原則(un principio ancora)である。音波のように広がっていくこの原則の波の中心は、手形の外観創造(l'apparenza di creazione della cambiale) にある
Mossa の手形理論は、意思表示の外観(dichiarazione di apparenza)と法律外の債務の発生をみとめることの
[102頁]結果、外観創造の現実の意思(volontこのように、一般約束理論を用い、証券に記載した約束または意思表示は、直接に、人の不確定の環(una cerchia)であるという理論を構成している。このような意思表示は、権利行使のための正式資格(il titolare)を完成させるものであり、設権行為であって、これによって第三者に信頼または権利外観を惹起させるのであると解せられている。善意の要求は法外観の名においてなされる
(2)。 信頼の一般原則(il principio generale dell'affidamento) は法外観の理論をさらに増強するために存し、外観は一般の信頼(l'affidamento della generalit
) から生ずるのであると解している
(二) 手形理論の要請するものは、所持人の保護、取引の法的安全であって、形式的外観(l'apparenza di legittimit
)、善意および流通に関与したものの信頼に基礎をおくことであるとして、 Mossaは創造説に外観理論を結びつけ、手形抗弁の制限の根拠を外観保護に求めている
ドイツにおいて、創造説に権利外観説を結びつける説がある。ウルマ―の見解がそうである。証券上の義務負担の根拠は、証券作成という単独行為にあるが、それは交付を留保してなされるのであり、交付は補充的要件ないし
[103頁]有効となるための条件であるが、交付欠缺の場合に善意の第三取得者は善意取得の法則によって保護されるとする。ウルマ―によれば、証券の作成は、権利外観の創造ではなく、意思表示なのであり、正常な交付を経なくても善意の第三取得の法則により保護されるのであって、善意取得の法則が外観への信頼の保護をもって説明されている(7)。また、わが国において、創造説と外観理論を結びつけて、手形理論を構成する見解があるが、この見解はMossa の見解に依拠したものと解される
(8)。 (1) Mossa,La cambiale secondo la nuova legge,I,1935,pp.207,212,213. (2) Mossa,op.cit.,pp.206ss. (3) Mossa,Trattato del nuovo diritto commerciale,1956,I,pp.54,177. (4) Mossa,Trattato del nuovo diritto commerciale,I,1942,p.332. (5) Mossa,Diritto commerciale,II,1937, p.443. (6) Mossa,La cambiale secondo la nuova legge,II,1935,p.480. (7) 小橋「手形理論と手形抗弁」商法論集V三三頁。ウルマ―の有価証券理論に関しては、鈴木「ウルマーの手形理論」法協六四巻四号七〇頁、塚本「E・ウルマ―の有価証券理論」法と政治三六巻一号一頁、小橋・手形行為論一〇七頁などにその研究がある。 (8)中村・有価証券法五七頁。 Mossaの手形理論と法外観理論に関しては、稿をあらためて考察したいとおもう。六 結 び 目次に戻る
イタリアにおける法外観理論は、「一般の利益が個人の利益に優先すべきであるという原則」として理解され、l'Apparenza
è tutto,Rechtsschein ist alles !! と論じられ、昇華していった。[104頁]
イタリアにおける法外観理論の中心的な提唱者はMossa であって、Mossa は商法全体にわたって法外観理論を敷衍している。 Mossaの法外観理論は、外観と公衆、外観と一般意思表示の問題としてとらえられている。法外観理論に依拠しつつも、法外観の保護は「政策的要求」であると解する説があり、また法外観理論の適用には制限があると解する説などがある。
イタリアにおける法外観の理論構成とその解釈および適用については激しい潮流の中にある。
(本稿は帝塚山学園の特別研究費の助成を受けたものである)
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