絆|絆の証

ホーム の中の の中の 絆の証 の中の 絆 VOICE の中の 後藤さん

本文印刷


絆 VOICE

卒業しても切れない絆

後藤 博 さん
帝塚山中学校高等学校 事務室勤務
経済学部経済学科1993年3月卒業
大学時代はESSに所属。学園祭で英語劇を発表したり、
冬は友人たちとスキーに繰り出したり、大いに学生生活を満喫していた。

※2010年3月取材

帝塚山大学での様々な出会いが、
今の私につながっています。

人生の節目には、
先生の存在が刻まれている。

私の大学生活は多くの方からの愛情と指導に満ちていました。そのなかでも私が敬愛する恩師・柴田愛子先生と出会ったのは、大学2年生の頃。5号館の廊下を先輩と歩いていると、たまたま前から来られた柴田先生に研究室に招かれ、お茶をいただきました。「物腰の柔らかい、とても優しそうな先生」というのが第一印象。先生から『地球環境読本』という本を薦めていただき、環境問題に興味を持っていた私は、この先生に学びたいと感じました。それから運良く柴田ゼミに入ることができ、「環境と経済学」について研究。また、勉強だけに限らず他大学との交流など、多くのことを学ばせていただきました。

以来、柴田先生とは卒業後も交流が続き、いろいろと面倒を見ていただきました。私が本学への転職を考えていた際も、「ぜひともチャレンジしなさい」と後押ししてくださり、本当に頭が上がりません。その後も私の結婚式での仲人など、家族ぐるみでのお付き合いが継続。東京での活躍が多くなられて、なかなかお会いする機会がありませんが、電話やメール、手紙でのやりとりは続けさせていただいています。今、振り返ってみても、「こんなことをやってみたい」とか「どうすればいいのか」という時のアドバイスだけでなく、普段の生活の中でいろいろなことを勧めてもらい、興味や世界観を広げていただいたことに感謝しています。

帝塚山大学が私のライフステージ。

私が本学を卒業したのは、1993年のこと。当時はバブルが崩壊した直後。就職氷河期の最初の年であったため、就職活動は苦労の連続でしたが、商社の情報部門に就職が決まりました。そこではプログラミングと汎用機オペレーター業務に携わっていましたが、思うところがあり転職を考えるようになりました。

新聞で帝塚山学園の職員募集を知ったのは、ちょうどその頃のこと。柴田先生の勧めもあり、コンピュータのシステム構築の業務に応募。採用を知らされた際には、進路相談でお世話になった高浜元図書館次長や、大学見学に行ったときに学内を案内してくださった落合先生のことが思い出され、母校に恩返しをしようと決意を新たにしました。そして本部事務局経理課や大学入試広報課、法人室などを経て、現在は帝塚山中学校高等学校事務室に勤務しています。

このように学生時代から社会人になった今も、多くの時間を帝塚山大学で過ごしてきましたが、先生方や友人たちとの出会いがあっからこそ、今の自分があるのだと感じています。高校時代、いわゆる“クラスのその他大勢”だった私が、帝塚山大学に入学して自分の居場所を見つけることができました。もちろん自身の居場所や方向性を自ら探す努力は必要ですが、ここにはそれをサポートしてくれる先生方や環境が整っています。ぜひみなさんも自分の世界を広げ、「ここの大学に来て良かったな」と言えるような学生生活を過ごしてください。

MESSAGE

後藤さんが柴田先生の
ゼミに入るきっかけと
なった『地球環境読本』

柴田 愛子 さん
元帝塚山大学
経済学部教授
(1995年退職)

後藤くんはとてもまじめな学生でした。当時、帝塚山大学と阪大の合同セミナーを開いたのですが、本学代表で環境問題について素晴らしい発表をしたことを覚えています。就職時と再就職時には喜んで応援し、彼の結婚式では仲人も務めさせていただきました。彼は「自分で決め、そしてやり遂げる」という信念を守り、大きく成長しました。私も彼との出会いで多くを学んだことに感謝しております。

※2010年3月取材

前へ

一覧へ

 


入試情報サイト

お問い合わせについて

メールでのお問い合わせはこちら

  • お問い合わせ先一覧

資料のご請求はこちら

  • 資料請求
  • 交通アクセス

このページの先頭へ