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2015年10月24日|文学部ニュース
【日本文化学科】学芸員として働く卒業生にインタビューしました


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日本文化学科では資格課程が充実しているのも魅力の一つです。その中でも、学芸員は学内の博物館で実習ができるということもあって、多くの学生が資格を取得しています。また、卒業生の中から専門職の学芸員も輩出しています。今年度は大学院から3名の学芸員が誕生しました。

今回は、4月から学芸員として勤務している卒業生の西垣遼さんにインタビューしました。西垣さんは本学日本文化学科を卒業後、本学の大学院に進み、今年度より香芝市教育委員会学芸員として就職しました。

─学芸員を目指そうと思ったのはいつ頃ですか。

西垣:学芸員になりたかったのは、子どもの頃からです。博物館にもよく行っていました。ただ、進路については周囲の反対もあって、高校からは会計関係の勉強をしていました。しかし、考古学を好きだという気持ちが大きくなり、やはり学芸員を目指したいと考え、帝塚山大学に入りました。

─日本文化学科での学習はどうでしたか。

西垣:清水昭博先生の考古学のゼミナールでは、毎回それぞれが自分のテーマについて勉強してきて考えをぶつけ、それに対して先生が意見を返してくださるというやり方でした。フィールドワークにもよく連れて行っていただき、実際の遺跡や地形を体験できるような機会を作ってくださいました。

─先生の調査に同行することも多かったのですね。

西垣:韓国など、自分ではなかなか行けないようなところにも連れて行っていただきました。実際の調査を通して、“考古学ってこういうのだよ”というのを体感しながら指導していただきました。

─大学院に進もうと決めたのはどうしてですか。

西垣:学部生のときに取り組んでいた土器について、日韓関係にも視野を広げて研究していきたいと思い、帝塚山大学の大学院に進みました。また、学芸員の募集に大学院修士課程修了という条件が付けられる傾向になっていたので、学芸員を目指すためにも大学院を出ることが必要だと考えました。

 

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─学芸員の採用試験にはどのように取り組まれたのでしょうか。

西垣:実はあまり多くは受けていません。私は奈良県内の文化財職員を目指していて、奈良県の帝塚山大学に進学したのもそのためだったので、奈良県内の募集が出たら応募するというように決めていました。

─受験対策はどのようになさいましたか。

西垣:一般教養については、合格した先輩から問題集をもらって勉強していました。きちんと新聞を読んで、社会で問題になっていることを幅広く知って理解しようと心がけました。二次試験に進んでから、幸運だったなと思ったのが、提出する業績書の「展示履歴」に帝塚山大学の博物館で自分が関わった展示や、アルバイトしていた行政機関での展示も含められたことです。

─学生の立場で、展示の経験があるという点が評価されたのですね。

西垣:大学の博物館での展示と、行政側の展示と両方を経験できたのは貴重でした。「どういう展示をしていきたいか」という質問に、自分なりの考えを示すことができたと思います。帝塚山大学は学内に博物館があって、学生が主体的に展示に関わる機会も多いので、それは外に出たときの強みになるのだなと実感しました。

─帝塚山大学で関わった展示で特に印象に残っているのは何ですか。

西垣:「瓦の来た道」です。一般の方を対象にした展示解説も担当しました。そのときは、はりきり過ぎて三部構成の一部のところで40分ぐらい話してしまって、ご年配の方に「足が痛くなってきた」と言われてしまいました。調べたことを全部話すのではなくて、要点をしぼって負担にならない解説にしなくてはいけないと反省しました。

─発掘調査のアルバイトはどうでしたか。

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西垣:大学院の先輩の紹介でアルバイトに行かせていただくようになり、文化財職員の現場を知ることができた点がとてもよい経験になりました。現実の文化財職員の仕事がどのようなものかを初めて具体的にイメージできました。

─実際に4月から文化財職員として就職されて、いかがですか。

西垣:忙しいです。ただただ必死で仕事を覚える一年になると思います。わからないことも多いのですが、先輩職員に教えていただきながら取り組んでいます。発掘調査現場の監督も担当させてもらいました。

奈良県内の文化財職員になるという夢を実現させた西垣さんは、仕事に一生懸命取り組む毎日を過ごしていました。香芝市文化財学芸員として、さっそく発掘調査現場にも立ち、作業員の方々に指示を出す姿からは、強い責任感も伝わってきました。