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2013年07月17日|文学部ニュース
【英語コミュニケーション学科】学生による授業レポート:「コミュニケーション論」について

英語コミュニケーション学科3年生: 源内 宏征

 

さて、私たちが生活していく中で絶対に必要なものとは何でしょう。勿論空気や重力、衣・食・住と、物理的に必要なものは挙げればきりがありません。しかし、私がこの場で言いたいのは、自分や人々との繋がりにおいて、私たちが生活していて必ず必要となる事象のことです。それはつまり対話、コミュニケーションということになります。

全て人間は、様々な形でコミュニケーションをせずに生きていくことはできません。例えば、学校や仕事の場は勿論のこと、読書や釣りといった個人的な活動においても、コミュニケーションが発生するのです。つまり人が一人でもいて、そこに何らかの意味が生じるのであれば、コミュニケーションはすでに成立しているということです。

私は大学で初めてコミュニケーション学という学問に出会い、様々な理論や形式について学びました。これまでそんなことをまったく気にせずに、知らずに生活をしてきましたが、よく考えてみれば、私たちは生まれたときからすでに多様なコミュニケーションを日々実践してきています。最初から言葉やジェスチャーができた人はいないでしょうし、皆さんも両親をはじめ様々な人々との交流を通して、会話や対話ができるようになったはずです。何かしらのインプットがあって、その結果、アウトプットができているというわけです。とはいえ、前述の通り多くの人はそんなことを気にはしていませんし、さらに言うなら意識的に考えたりはしないでしょう。

私は現在英語コミュニケーション学科というところに所属しています。当然、様々なコミュニケーションに関する授業が目白押しです。しかし、より本質的にコミュニケーションそのものを考える授業といえば「コミュニケーション論」が挙げられます。この授業ではまず映画のワンシーンを観ます。そしてポイントとなる部分が質問形式になっていて、それらについて自分の想ったこと、感じたことを毎週レポートにしていきます。そして、翌週に先生がレポートの紹介とともに解説をする、という授業形態です。レポートと言っても分量やスタイルは各学生にまかされており、授業の中で匿名で紹介されたものの中には、気持ち重視の短い手紙的なものから、長々とした論文調のものまで、いろいろとありました。この授業でもっとも重要なことは、単に理論を学ぶことだけではなく、自他について何かを発見することです。授業ではそのための刺激と手助けを提供してくれます。映画を観て発見する、レポートを書いていて発見する、先生の話を聞いて発見する。何を発見するのかといえば、それまでの自分自身の考え方を振り返るための本当にちょっとしたヒントかもしれません。ですが、意識しなければ日常では見逃してしまうそんなちょっとしたことが見つけられるようになる、それが「コミュニケーション論」という授業です。

勿論、私にもそんなちょっとした発見がありました。「コミュニケーション論」を受講して、物事をよりクリアに見つめられるようになった気がします。現在も「コミュニケーション学ゼミ」に所属し、発見活動継続中です。

この文章を読んで、皆さんの中で何かが動き、ちょっとした意味が生じたら、それもひとつのコミュニケーションですね。きっとそこには何かしらの発見があると思います。よろしければ見つけてみてください。

Professor Kitamoto asking Hiroyuki his opinion.

Talking about communication.

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