学部・大学院文学部・人文学部ニュース

2012年05月31日|文学部ニュース
【日本文化学科】学外実習で京都の平清盛ゆかりの地をめぐりました

 

5.26image001.jpg

5月26日(土)、日本文化学科専門科目「学外実習」の一環として、源城政好教授(中世史)の引率のもと、京都に残る平氏ゆかりの地をめぐりました。

 

八坂神社に集合し、さっそく「忠盛灯籠」と呼ばれる灯籠を見学しました。『平家物語』によれば、清盛の父忠盛が白河法皇の警護にあたっていた際、冷静な対応をしたというエピソードがあります。これはその話に出てくる灯籠だと伝えられていて、忠盛はその手柄によって、懐妊していた祇園女御を白河法皇から妻としてもらい受けました。その子供が後の清盛であるとの源城先生の解説に、学生たちは興味深そうにメモをとったり撮影したりしていました。

次に、建仁寺の南門に向かいました。この門は、六波羅探題の北門であるという説があります。平氏の六波羅邸や鎌倉幕府の六波羅探題について、今に残る町名や発掘等によって推定されている範囲がどれぐらいの広さなのか、プリントを使いながら説明したところ、学生たちはその規模の大きさに驚いたようでした。

六波羅蜜寺では、平清盛坐像に空也上人立像、仏師として有名な運慶・湛慶父子の像を鑑賞しました。日本史の教科書や図録でおなじみの清盛像、空也像を見て、学生たちは思わず「本物だ~」と声をあげ、感想を語り合っていました。

それから少し歩いて、三十三間堂に向かいました。清盛が造進した三十三間堂では、1001体もの観音像、国宝観音二十八部衆像の迫力に目を奪われる学生や、天井を見上げ垂木(たるき)に残る花模様の色彩を真剣に見つめる学生の姿が見られました。

最後に訪れた法住寺では、先生からかつて後白河上皇の御所であったとの説明をうけ、お参りしました。栄華を極めた上皇と平氏に思いをはせながら、今回の学外実習を終えました。

実際に平氏ゆかりの地をめぐってみることで、六波羅の広さ、実物の仏像が持つ力強さ、平安時代における平氏の存在の大きさなどをさまざま体感した一日でした。

 

八坂神社で源城先生の説明を聞く

八坂神社で源城先生の説明を聞く

法住寺で後白河院の御所を思う

法住寺で後白河院の御所を思う